トルコ旅行に行きたい・トルコツアーに参加したい・トルコ観光を満喫したいならターキッシュエア&トラベル | トルコ観光・ツアーブログ:トルコのみでなく世界で最も美しい都。互いに抱擁するように腕をのばすアジアとヨーロッパの二大陸に跨がる世界で唯一つの都。地球を魅力的で神秘的に飾る歴史の宝庫、ここはイスタンブール。

JATA
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トルコ観光・ツアーブログ:トルコのみでなく世界で最も美しい都。互いに抱擁するように腕をのばすアジアとヨーロッパの二大陸に跨がる世界で唯一つの都。地球を魅力的で神秘的に飾る歴史の宝庫、ここはイスタンブール。


今日、世界で最大の文化、芸術、歴史、そしてビジネスのメトロポリタンの一つであるイスタンブールが歴史の舞台に初めて登場したのはB.C.2000年の末期、リゴスという名の漁村としてであった。B.C.7世紀になるとエーゲのメガラからやって来たビザスと一行がここに住まいを定め、彼の死後、その名に由来して、村はビザンチオンと命名されたと言われている。


黒海~地中海の交易、軍事的な動きを監視できる地理的位置、そして自然港(金角湾)等、都市として必要な条件を尽く備えているこの都は短期間のうちに目覚ましい発展を遂げた。何世紀もの間、アナトリアで覇権を握ったほぼ全ての民族や国家の注目を常に浴び、様々な民族の支配下に敷かれたイスタンブールは、4世紀の前半になるとローマ帝国の皇帝コンスタンチヌスにより、帝国領土の束の都として、その名もコンスタンチヌスの都、コンスタンチノープルと改名されたのである。キリスト教が国教に認定されてからはビザンチンと呼ばれ、西ローマ帝国の衰退後(476年)に全ヨーロッパが陥った暗黒期の中、唯一輝きを放ち、文化の中心として繁栄を続けたのであった。各皇沓は、美しい芸術的オブジェや建築物で都市を、まるで争うかの様に飾り立てた。ビザンチン帝国が衰退期にさしかかったⅡ世紀は、アナトリアに新しい勢力が台頭してきた時期でもある。中央アジアからアナトリアに進攻して、ここに氏族社会を形成したトルコ民族の力は、加速度をつけて大きくなり、もはや世界国家形成を理想として掲げるに至っていた。次第に弱体化するビザンチン帝国にとって脅威となったオスマン・トルコ族は、1453年、終にこの都を落とし、その名をイスタンブールと改名したのである。こうしてオスマン帝国が誕生して以来、各時代の皇帝は帝国の末期にかかるまで、都を建築物や芸術作品で飾り、ローマ、ビザンチン時代から残る建物のすぐ隣に、トルコ・イスラム芸術の粋を集めた最も見事な作品を遣らせたりした。


こうして世界でも稀に見る屋外博物館の様相を呈するイスタンブールは、パリやローマ、ロンドンと肩を並べる芸術の都として注目を集める様になったのである。
 限られた数日間でこの都の美しさの全てに触れる事は、恐らく不可能に違いない。許された時間と、興味分野を考慮したスケジュールを組まれることが必要になってくるであろう。

◆歴史の舞台となった半島◆
 金角湾の岸辺ウンカパヌとマルマラ海沿岸のイェニカプを結んだ線の西側は“歴史の半島”と呼ばれている。
コンスタンチヌス帝時代の都の中心もここに置かれ、イスタンブールの最も重要な歴史と文化遺産が、この小さな半島の上に集中しているのである。

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