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トルコ観光・ツアーブログ:プリエネ:代世界の七賢人のひとりと称えられた前6世紀の哲学者ピアスはここに住んでいたという。


プリエネ(PRIENE)
 
 ブユックメンデレス川(古代のミアンダー川)の沖積平野を見渡す高台に古代都市プリエネの遺跡がひっそりと残っている。 
もともとイオニア人が建設した当時のプリエネは海に突き出た半島で2つの港を持っていた。


古代世界の七賢人のひとりと称えられた前6世紀の哲学者ピアスはここに住んでいたという。 
紀元前5世紀初期、町はペルシァに破壊されたが後にアテネの援助で再建、アテネ人のプリエネに対する好意はその後も長く続いた。やがてペルガモン王国の、次いでローマ帝国の支配を受け、ナウロコと呼ばれる港を中心に交易都市として栄えた。

しかし、ミアンダー川の度重なる氾濫で港が沼地と化し、ローマ後期にはプリエネの町も衰退していった。それでもビザンティン期には主教区が置かれて重要視されている。

 発掘により明らかになった、きっちりと碁盤目状に区画された町の設計は紀元前4世紀、ミレトスのヒポダモスが考案した都市計画によるものである。 

市民生活の中心を成したアゴラは紀元前3世紀の建設で三方に柱廊がついていた。
紀元前4世紀のアテナ神殿は地震や風雨によりひどく破損されているが、小アジアのイオニア建築のモデルとされたものだった。劇場も紀元前4世紀、しかしローマ時代に手を加えている。議事堂や市公会堂は紀元前2世紀のもの。

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