トルコ旅行に行きたい・トルコツアーに参加したい・トルコ観光を満喫したいならターキッシュエア&トラベル | トルコ観光・ツアーブログ:哲学者のアネクシメネスとアナクシマンダー、歴史と地理学のヘカタエウス、数学のターレス、建築のヒポダモスなどミレトス出身である。

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トルコ観光・ツアーブログ:哲学者のアネクシメネスとアナクシマンダー、歴史と地理学のヘカタエウス、数学のターレス、建築のヒポダモスなどミレトス出身である。


ミレトス(MILETUS)

曲がりくねったブユックメンデレス川に囲まれた丘の上にミレトスの遺跡が広がる。プリエネ同様、ミレトスもこの古代ミアンダー川に大きく運命を支配されてきた。(英語のミアンダー=蛇行はこの川の名に由来する。) 
ミレトスには紀元前二千年代中期、ミケーネ人の植民地があったことが明らかになっているが、イオニア人が移住してきてからの発展は目覚ましく、地中海から黒海までたくさんの植民地を建設した。 


学問都市としても輝かしい実績を誇っている。哲学者のアネクシメネスとアナクシマンダー、歴史と地理学のヘカタエウス、自然哲学、数学のターレス、建築のヒポダモスや、時代は下るがイシドロスレトスなど皆ミレトス出身である。 
ミレトスはペルシァの支配に抵抗して見たこともあったが敗退、町は完全に破壊されてしまう。間もなくヒポダモスの都市計画に基づいて再建され、ローマ時代には新たな繁栄を見せている。しかしそれも束の間、ミアンダー川の押し流す土砂が港を浅くし、ミレトスの商業活動もしだいに勢いを失うばかりだった。 


ミレトスの発掘調査は今も続けられている。丘を利用した劇場が美しい。紀元前4世紀に建設されたオリジナルはヘレニズム期に5300人規模に、そして2世紀に皇帝トラヤヌスが15000人収容のりっぱなものにと造り変えた。
かつての港の入り口を守っていたライオン像が今も残る。古代ミレトスの信仰の要はアポロの神域・デルフィニオンだった。紀元前6世紀に建てられ、ヘレニズム時代にドーリア式に改築、ローマ時代には柱廊がコリント式に変えられている。
議事堂は紀元前2世紀のシリア王アンティオコス・エピファネスが建てたものといわれている。ヘレニズム期の南アゴラの近くには15世紀初期のイリヤスベイモスクがある。大理石の四角な建物に丸屋根のセルジュク建築で、内部のミヒラブも立派なものである。
15000人収容の競技場もヘレニズム期のもの。 
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの妻ファウスティナが建てたファウスティナの浴場は2世紀の建築ながら非常に良い状態で残っている。
この浴場の位置はヒポダモスの都市計画プランから外れていることも注目されよう。中庭はコリント式の柱廊で囲まれている。
イスタンブール考古学博物館に展示されているミレトス出土の美しいミューズの像はここの脱衣場を飾っていたもの。冷浴室のプールの噴水泉も彫刻で飾られていた。2つの後陣がついた熱浴室には床下の暖房設備の跡が残っている。

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