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JATA
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トルコ観光・ツアーブログ:世界七不思議の二つはトルコにあるってご存知ですか?今日はその一つであるボドルムのマウソレイオンを紹介します


マウソレイオン〔霊廟〕

世界七不思議の一つに数えられるこの霊廟はボドルムの中心にある丘の頂上北にたっている。若くして亡くなった太守マウソロスの為に妻で妹のアルテミシアが建立したものである。15世紀の地震で崩壊した霊廟は聖ヨハネ騎士団の聖ペテロ城建設の資材として利用されており、浮き彫りや彫像はストラトフォード卿とチャールズ・ニュートン男爵(1846~1857年)によってロンドンの大英博物館に移されている。242×105mの長方形の廟は高い基盤の上にピラミッド形の屋根を支える36本の柱に包囲されて建っていた。頂上にはマウソロスとアルテミシアを乗せた4頭の馬にひかれるシャリオットが置かれ、全体で42mの高さがあったと言う。霊廟の装飾に使用された浮き彫りは;
a)アマゾン族とギリシアの戦い。 
b)ケンタウロスの戦い。 
C)リャリオット競争の模様等を表現しており、此れ等の浮き彫りの内12片は現在ロンドンの大英博物館にて保存されている。丘の中腹辺りには今でも劇場の跡が残っている。


ボドルム(ハリカルナソス)
現在のボドルム、古代のハリカルナソスはボドルム湾の北岸に位置し、岬である港の東側に立つ15世紀の聖ペテロ城はここのシンボルとして有名である。「ボドルムは劇場の様な円形プランにて建設されている」とはローマの建築家(B.C.1世紀)の言葉であるが、オーケストラボックスに似た円形の湾とその後方に観客席の様に傾斜をもって続く土地の様子を見れば、古い建築家の言葉にもうなずけようと言うものである。

ボドルム


〔歴史〕
ドーリア人が植民市を築いた事が町の始まりである。時代がB.C.7~6世紀に移ると支配権はリディアの手に落ちたが、リディアのクロイソス王がB.C.546年にペルシアに頭を垂れると町はペルシアの属州としてミラスの管理下に置かれたのである。太守マウソロス(377~353B.C.)が周囲を城壁で固めてハリカルナソスに住いを移すと、ここの人口は忽ちかつての4倍にも急増した。
彼の死後、彼の妹で妻でもあったアルテミシアが権力の座についた。世界の七不思議の一つであるマウソレイオン(霊廟)を建設させたのも彼女である。アルテミシアの死後、アレキサンダー大王がこの他を征服するまで支配は彼女の妹のアダと弟ピクソダロスに委ねられていた。B.C.3世紀、町はアレキサンダー大王の二人の部将セレウコスとプトレマウスの指揮下に敷かれ、更に後のB.C.129年になるとアジア属州の一部に包括されている。B.C.80年にローマ総督によってハリカルナソスが略奪されると都市のほとんどの芸術、美術品や建物は破壊され、これ以降町はかつての輝きを二度と再び取り戻せなかったのである。神がイスラエル人に約束をした地からロドスを経てハリカルナソスにやって来た十字軍・聖ヨハネ騎士団は1402年、半島に城塞を築いたが、彼等は1522年にはロドス島から、そしてハリカルナソスからも翌1523年に追放されている。「歴史の父」ヘロドトスはB.C.5世紀のハリカルナソスを生きた著名人の一人である。

*主要観光地抜粋〔聖ペテロ城〕(ボドルム城)
かつて離れ島であった半島の上に地震で崩壊したマウソレイオンの石材を使用して建てられた15世紀の建築物である。第1回の調査はドイツの建築家によって実施され、城は最終的に家屋に包囲され(1480~1500年)トルコ人によって流罪の刑の獄として使用されていた事がわかっている。今日では青銅器時代から中世までの品々を集めた海底考古学博物館となっている。展示品の中でも特にボドルム周辺で発見されたリキアの岬沖で沈没したシリアの貿易船からの船荷(B.C.13世紀)は重要なもので注目してみたい。マウソレイオンのアマゾンのレリーフ(アマゾンを迫害したギリシアの戦士達の構図-アマゾンの女の頭部は後方に曲がっている)、財宝、アンフォラ(壷)等は一見の価値有り。

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