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古代にはアンキラ、後にアンゴラと呼ばれたトルコ共和国の首都アンカラは、広大なアナトリア高原のほぼ中央に位置している。モダンなビルが整備された人通りに並び近代的な都市造りに成功しているが、その歴史は古く、近郊からはたくさんの先史時代の居住跡が発見されている。

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トルコ共和国の首都アンカラは、広大なアナトリア高原のほぼ中央に位置している。モダンなビルが整備された人通りに並び近代的な都市造りに成功しているが、その歴史は古く、近郊からはたくさんの先史時代の居住跡が発見されている。

ヒッタイト期の遺跡は確認されていないものの、フリギア人の墓や副葬品が出土したことから、紀元前8~6財紀にはかなりの規模のフリギアの集落ができていたと推定される。紀元前3世紀頃、ガラティア人がこのあたりを占領したが、皇帝アウグストゥスの時代にローマ領に、やがてビザンティンを経て1147年にセルジュクトルコの支配下に入った。

古代にはアンキラ、後にアンゴラと呼ばれたアンカラは、アンゴラウールの産地として知られ、今も重要な織物産業の一つとなっている。

今日のアンカラは都市としての規模はイスタンブールに次ぐ。アタチュルク(トルコの父を意味する)と尊敬を込めて呼ばれた初代大統領ムスタファ・ケマルは新生共和国の首都として、国土の中心に近いアンカラを選び、西洋の先進的な面を積極的にとり入れながら改革を進めた。つまり、首都は地理的にヨーロッパから遠ざかったものの、近代国家としてのトルコはヨーロッパに近付いたといえよう。


アナトリア文明博物館はトルコはもちろん、世界的にも貴重な充実した内容を誇り、特にヒッタイトに関するコレクションは出色といえる。

15世紀の二つの建物、メフメットニ世の宰相を務めたマフムトパシャの建てた屋根付きバザールとその後継者が建てた隊商宿を改修して博物館としたもので、10のドーム屋根に覆われたオスマントルコ風の雰囲気の漂う中で、アナトリアの歴史を年代順に見学できるように設計されている。

展示は先史時代から青銅器時代、アッシリア植民市時代、ヒッタイト、フリギア、ウラルトゥ、そしてギリシァ、ローマ時代と並んでいる。ヒッタイトの粘上板文書や器、壁の浮き彫りその他興味深いものがたくさん並んでいるが、すべてアナトリア(トルコのアジア側国土)で発見されたものである。アラジャフュック、ボアズキョイ、チャタルフュック、ゴルディオン、ハジラル、カルガミシュ、キュルテペその他アナトリア各地に栄えた文化の証しを一堂にして目にすることができる。

博物館の裏の坂道を登ったヒサルと呼ばれる丘にアンカラの城塞の跡がある。最初にここに要塞を築いたのはガラティア人で、内部にアゴラを設けたのはローマ時代だった。今もこの城塞の内側を歩くと狭い小路にそって小さな家が並び、走り回る子供達が入り口に座り込んで編み物の手を休めず井戸端会議に忙しい女達、古びた優雅な木造住宅そしてローマ期の建物や彫刻の破片が転がっていたりして楽しい。

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