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トルコ旅行ガイド

アンタルヤ、シデ


アンタルアから75km。長さ約1km、幅400mの半島に位置する町はパンフィリア地方で最も重要な港であった。紀元前2~3世紀頃は海賊達のたまり場であると同時に重要な奴隷市場で、小アジアの各地から奴隷の取り引きの為に人々がやって来た。

アンタルヤ、シデ旅行・ツアー・観光

アンタルアから75km。長さ約1km、幅400mの半島に位置する町はパンフィリア地方で最も重要な港であった。紀元前2~3世紀頃は海賊達のたまり場であると同時に重要な奴隷市場で、小アジアの各地から奴隷の取り引きの為に人々がやって来た。アスペンドスやペルゲと異なり、初期ギリシア人等は肥沃な耕地を抱える山地でなく、海に突き出た不毛の岬に住まいを定めたのである。この岩岬にはB.C.1000年噴から既に集落が形成されていた事が確認されている。B.C.7世紀、港として使用された半島の西にある小さな湾にキメのアイオリス人が住み着き、地元民と上手い交涜を維持した結果、地元の言語と古代ギリシア語が混合した独自の方言が生まれたと言う。B.C.333年、アレキサンダー大王がここを征服した。ローマとアンティオコス3世の間の戦いではシデから出港した多くの船が戦いに加わっている。ベルガモン王国、ローマと支配が移り、シデも3世紀には重要な軍港として発展していった。

ローマ帝国が陥落すると同時にシデもその重要性を失っていった。5世紀になり大司祭区が置かれると再び活気を取り戻し、ビザンチン帝国期にはパンフィリア地方の首都となった。7~8世紀のアラブ人の突然の攻撃によってシデの衰退が始まる。現在のシデ村は今世紀初期にギリシアの漁師達によってつくられたものである。1947~1966年の間にはアリフ・マンセル教授指導の下でトルコ考古学者達による発掘活動が行なわれた。

〔泉〕
2世紀に造られた記念泉。大理石に覆われた正面壁は三層で壁がんも三つ造られていた。泉の水は現在もその姿を留める49の水道橋を通って都市に給水されていた。

〔城門〕(東門)
損傷が激しいが角形の塔がついていた。この門から都市の南西と南部に向けて2本の道が走っていた。

〔ベスパスィアンの門〕
都市の中央に立つ高さ12m、幅9mの門は3世紀のもので、皇帝ベスパスィアンの像が飾られていた。

〔ベスパスィアンの記念碑〕
門の近くに立つ壁がんのある記念碑。74年に皇帝ベスパスィアンとその息子ティトゥスに献上されたものである。

〔アゴラ〕
劇場の舞台と連結し、8,000㎡の広さがあった。内側は広さ65×65mあり、列廊、商店、談話場、泉のついたトイレ等に囲まれていた。
悪名高き奴隷市が開かれたのもここである。中央にはかつて都市の女神ティーチェに捧げられた円形の神殿がたっていた。 

〔官営アゴラ〕 
アゴラの後方にある第2アゴラでは主に公的取り引きが行なわれていた。ほぼ方形な基盤にあり(89×70m)、中央の円柱に囲まれた中庭のある皇帝の広間には崇拝の対象であった皇帝がまつられていた。現在見られるのはネメスィス像(正義の神)のある皇帝の広間で、修復されたものである。かつて広間を豪華に飾っていた彫像はシデ博物館に保存されている。

〔市民の住宅〕
アゴラの正面、アーケードのある通りには5~6世紀の二階建ての住宅がある。ほとんどが部屋に囲まれた中庭を有し、生活の空間は後方に、前方には商店がおかれていた。

〔聖堂〕
5世紀のビザンチンの敦会で、官営アゴラと城壁の間にある。南手には長さ120m、多くの大きな部屋や広間、2つの貯水槽、小さな敦会を含む司教の館がある。教会の床は大理石に覆われ、ドームの屋根は4本の柱で支えられている。

〔劇場〕
パンフィリア地方で最大の規模で、小アジアでは最も重要な劇場である。49段の巨大な半円形観客席は途中でギャラリーによって二分され、15,000人が着席できた。アスペンドスのそれの様に山を利用して造られておらず、ローマ劇場に似て平地に建設されている。スケーナは長さ63m、奥行き9m。かつてここにあった池ではボート競技が行なわれたりしていた。劇場の左手には高い基盤の上にディオニソス神殿がたっている。劇場の近くの道はシデ村を通って港に続く。

〔港〕
シデの半島の突端には2つの港がある。大きな方はかつて都市の貿易の中心地となったもので、小さい方は軍用施設であった。

〔港の浴場〕(2世紀)
3つの大きなホールから成る長方形の建物で、港の後方に位置している。

〔神殿〕
港の西側には、おそらくアポロとアテネの神殿と思われる2つの廃虚化した建物がある。ここには5世紀にビザンチンの教会堂が建てられた。

〔メン神殿〕
アナトリアで古くから信仰された月の神メンに捧げられた3世紀のコリント式の神殿がある。後方には40×55mの浴場があり、南手にはアーチ型の商店がある。

〔考古学博物館〕(旧浴場)
以前のローマ浴場であった博物館にはシデからの出土品が展示されている。勝利の女神の像、ニケ、メドゥーサ、アポロ神殿の供物を捧げる祭壇、東門の浮き彫り、アンフォラの他、ローマ、ビザンチン時代の発掘物も見学できる。かつて浴場であった事をしのばせる古い水盤や壁の中の排水管、大理石貼りの床等も今日目にする事が可能である。

〔マナブガットの滝〕
 アンタルアから80km、アランヤから70kmのマナブガット村にあるこの滝は、高さはないものの水量の多いことで有名である。この素晴らしい景観は必見の価値がある
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