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トルコ旅行ガイド

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古代トラペズント。人口70万人を抱える黒海地方第3の都市である。煙草、豆類、とうもろこし、果物、材木、ヘーゼルナッツ等を主な輸出品とし、地元では絹やリネンの織物が盛んである。スメラ修道院はトラブゾンの南54kmの絶壁に張り付いた様に造築されている。

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古代トラペズント。人口70万人を抱える黒海地方第3の都市である。煙草、豆類、とうもろこし、果物、材木、ヘーゼルナッツ等を主な輸出品とし、地元では絹やリネンの織物が盛んである。1988年には港が拡大されている。

〔歴史〕
古代名トラぺズントは砦丘の地形からギリシア語の「トラペザ」(皿)に由来している。町の発生はB.C.6世紀、スィノブのギリシア移民による。B.C.400年頃、クセノフォンは1万人の傭兵を率いてペルシアの内戦に参加したが、退却してトラペズントへ脱出した。町が急激な発展を遂げたのは2世紀、ハドリアヌス帝の新港建設後の事である。1204年、ビザンチン皇帝アンドロニコス1世・コムネノスの子息アレクスィオスとデイビッドは十字軍か ら逃れてトラペズントへ避難し、アレクスィオスはここで自ら皇帝である事を宣言して大コムネネ帝国(250年後に滅亡)を開いた。マルコポーロが東方遠征の途中で中国への旅の為にこの地を発ったのは1295年の事である。帝国最後の支配者デイビッド・コムネノスは1461年、オスマン族のスルタン・メフメット2世(征服王)によって失脚し、これをきっかけに住民の一部はイスタンブールに移住した。およそ千人の健康な若者がイェニチェリ(スルタンの親衛楽団)の候補として選出されたと言う。

*主要観光地抜粋
新しい建物と拡張された港周辺に集中している。

〔城砦〕
アレクスィオス2世(1297~1329年)によって拡張された、下の要塞、中央要塞、内要塞から構成される大きな造りである。中央要塞の中に立つオルタヒサルと呼ばれるモスクは、本来、金鍍金のドームと3つの身廊を備えた聖堂であったが、1468年にモスクに変換されている。後陣に今でも残るモザイクは非常に美しい。

〔聖ソフィア〕(アヤソフィア博物館)
是非見学してみたいこのかつての教会は、市の西3km、海岸沿いにたつ。13世紀に大修復の行なわれた5世紀の教会で、後にこの地を征服したトルコ人によってモスクとして使用されている。(1959年からは博物館として一般に公開)教会の北西部には鐘塔が立ち、かつてはその表面に美しい彫刻が施されていた。部分的に良好な状態を保つフレスコ画は次の通り;
内廊:聖受胎告知、福音、最高天使等。
本堂:聖さん式。
南外陣:アンの祈り。
北外陣:ヤコブの夢、ヤコブの苦悩、燃える薮。


〔聖アンナ教会〕
このトラブゾンで最古の教会は城砦の東、旧市街にたっている。地下室を持つ教会としてはトラブゾンで唯一のもので、建立の年は定かでない。

〔イェニ・ジュマ・ジャーミ〕
教会として建設されたこのモスクは城壁の外に位置する。1340年の火災の後、十字架形の基盤に立つ新礼拝堂が建立された。スルタン・メフメット2世は金曜礼拝をここで捧げたものだと言う。

〔クドレッティン・ジャーミ〕
アンナ・コムネノスによって1341年に市の東に建立された教会で1665年以来モスクとして機能している。

〔ナキプ・ジャーミ〕
本来は3つの外陣を備える10世紀の教会でパザルカプ地区にある。15世紀からモスクとして使用されている。

〔アタテュルク博物館〕
1921年にムスタファ・ケマル・アタテュルクが3泊滞在した邸宅で、1943年以来、博物館となっている。


〔スメラ修道院〕
別名メリエムアナ修道院。トラブゾンの南54kmの絶壁に張り付いた様に造築されている。4野建ての正面は非常に良い状態で残っているが、対して後方は損傷が著しい。ユスチニアヌス帝が拡張した修道院は、おそらくアナスタスィアス帝(491~518年)によって建立されたとされ、アレクスィウス3世は1340年にここで戴冠の儀を行なっている。後陣つきの礼拝堂が1710年に増築され、1740年にはフレスコ画で装飾が施された。15世紀にスルタン・セリム1世がここを訪れている。第1次世界大戦以降、人は誰も住んでいない。

ここを訪れるには、岩壁の間の狭い道をおよそ30分程登らなければならない。水道橋の遺跡が見えたら修道院はすぐである。入り口から下の内庭を見下ろすと1360年に造られた修業僧達の76の僧房の他、外壁が装飾塗装された後陣つきの礼拝堂が見える。堂内部の壁には; 
天井:幼少のキリスト、聖母とキリスト。 
北壁:コムネネ王朝の肖像、玉座のマリアと天使。 
両壁:キリストの誕生、東方からの3人の賢者、エジプトへの旅、玉座のマリア等が描かれている。(全フレスコの中で最も保存状態が良いので是非目にしてみたい)礼拝堂の左手にある泉には不思議な奇跡を起こす力があるとされ、現在でもキリスト、イスラム教徒に飲用されている。現在では完全に崩壊しているバルバラ教会は、かつて修道院の中にあり、「ルーカスのイコン」と呼ばれる重要なイコンを所有していたが、1931年にアテネの僧によってギリシアに持ち出されている。
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