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JATA
観光庁長官登録旅行業第1997号
日本旅行業協会 正会員
東京商工会議所 会員
トルコ観光ガイド

アンタルヤ (リゾート)


アンタルヤ

 同名の湾に沿い、北部はタウルス山脈を背にしている。ドゥデンチャイ河の流れによって形成され、周辺には果物や植物の豊富な自然の庭園ができた。高い山が北風を防ぐ亜熱帯性気候のアンタリアでは年のうち約9ケ月間泳ぐ事が可能である。海の幸が豊富である事は言うに及ばず、山地での狩りも楽しめる。アンタリア周辺にはぜん息に良く効く自然の洞窟が数多い。

〔歴史〕
古代名パンフィリア。B.C.12世紀にギリシアからやって来たアカイア人により全地方に植民が開始された。B.C.2世紀、ベルガモン国王アッタロス2世が町を築いたアンタリアが、後にローマのアジア属州に包括されてしまった。ここには聖パウロや聖パルナバスがキリスト教の布教活動を広く行ない浸透させている。皇帝ハドリアヌスの頃になると町の周囲には強靭な壁が巡らされ、更に9世紀にはアラブに備えてビザンチン帝国は新しい城壁を築いて町を要塞化した。12世紀の第2次十字軍の際にアンタリアは彼等の集合地点となった。 
1207年、町はセルジューク・トルコに占韻され、14世紀にはスルタン・ムラト1世の下でオスマン帝国に併合されている。1918年にはイタリアがアンタリアとその周辺を占漬し、北はコンヤまで侵入したが、1921年の交渉で彼等は経済的特権を得る事を条件にアンタリアから撤退している。

〔アンタリア博物館〕
 1985年に修復されたこの博物館にはアンタリアとその周辺をはじめ、古代のパンフィリア、リキア地方をからの神々の像、皇帝の胸像、大理石の棺、モザイク、イコン、硬貨等が展示されている。
構成は次の通り:
第1室:カライン洞穴から発見された手斧、骨から作った刃物等、旧石器時代の品々。青銅器時代の土器、人骨等。
第2室:ゼウス、メミウス、ティーチェ、ヘルメス、セラピス等、神々の彫像。
第3室:イスィス、アフロディーテ、アテネの彫像。オイルランプ、アンフォラ等、ローマ、ビザンチン時代の品々。
第4室:王家の広間。トラヤヌス帝、ハドリアヌス帝と皇后、セプティミウス・セベルス帝と皇后の像等。
第5室:エレンがメドゥーサの首を手にしている場面の描かれた棺(2世紀)等。墓の広間と言われている。
第6室:モザイクとイコンの間。哲学者達を表わしたモザイクの他、動物と一緒のオルフェウスを描いたモザイク等。18~19世紀のアンタリアのイコンはキリストの生涯を表現したものである。ここには又、聖ニコラウス(サンタクロース)の遺品も残されている。
第7室:B.C. 5世紀から(前キリスト教時代、ローマ時代、ビザンチン時代、オスマン帝国を経て)トルコ共和国建国までの硬貨が見られる。
第8室:セルジュークとオスマン帝国時代のタイル(11~18世紀)、コーヒーセット、道具、宝石、楽器、能筆家達の書、そしてトルコじゅうたん等。

〔ハドリアヌスの門〕
皇帝ハドリアヌスの凱旋門はB.C.130年に造られ、アンタリアで最も重要な建造物と言える。高さ8mあったらしいが、その一部は無くなっている。半円アーチ形の3ケ所の通路を持ち、柱身は御影石、その他は白大理石で造られている。

〔イブリ・ミナレ〕
溝の彫られたミナレットの意味で、今日、アンタリアの象徴となっている。セルジューク時代のモスク(14世紀)からミナレットだけ残ったもので、胴の部分には細い溝が彫られている。石の基盤の上に煉瓦で造られ、所々には青タイルが装飾の為に使用されている。
〔フドゥルルクの塔〕(2世紀)
カラアリオール公園の中に立ち、その昔、灯台として使用されていたと考えられている。高さ5.5m。

〔アラエッティン・モスク〕
溝の彫られたミナレットを持ち、本来は7世紀に12本の円柱を持ったビザンチンの教会として造られたものである。13世紀にセルジュークのスルタン・アラエッティン・ケイコバトによって再建されている。

〔ケスィク・ミナレ〕
ちょん切られたミナレットの意味で、6世紀に聖堂として建造されたものを、後に回教の寺院としたもの。あたかも廃虚の様な印象を与える。

*アンタリア近郊で是非見てみたいもの:
ベルディビ洞穴・・アンタリアの西10km
カライン洞穴・・・アンタリアの北27km
ドゥデンの滝・・・アンタリアから10km
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