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トルコ観光ガイド

イズミル(リゾート)



イズミル
人口300万人を抱えるトルコ第3の都市である。長さ25kmのイズミル湾に面し、イスタンブールに次ぐ貿易港として賑わいを見せている。夏の暑さも西風の為にしのぎやすく、冬も温暖で恵まれた自然環境にある。

〔歴史〕
本来のイズミル(スミルナ)はB.C.3世紀に現在の市の中心より更に8km北につくられた。B.C.800年頃イオニア人がここを征服したが、有名なホメーロスもその当時この地に住んでいたようである。市がパゴスの丘(現カディフェカレ)の上に再建されたのはアレキサンダー大王の晴代でB.C.3世紀からB.C.2世紀の間にはイオニアの都市で最も美しい町として最盛期を迎えた。2世紀には第二繁栄期を迎えたが178年の地震で被害を受け、ローマ皇帝のマルクス・アウレリウスがこれを再建している。ローマ帝国が崩壊すると代わってビザンチンがイズミルを支配し始めた。コンスタンチヌス大帝の下でキリスト教が普及し始めた後、都市はアラブ人達に包囲攻撃され、更に11世紀にはセルジューク・トルコ人の手中に落ちた。1907年の第1次十字軍遠征の際、再びビザンチンに征服され、1415年にオスマン・トルコに難なく支配されるようになった。第一次世界大戦の1919年にはギリシアがここを占領し、小アジアに進出の足掛けとしたが、1922年には再度トルコに取り戻され都市の再建がなされた。

※主要観光抜粋
〔パゴス丘の城砦〕(カディフェカレ)
アレキサンダー大王の部将リシマコスはB.C.4世紀にパゴスの丘に多角形の城砦を築いた。後にビザンチンとトルコ人によりそれぞれ修復されているので保存状態は誠に良好である。ここからは町とイズミル湾の素晴らしい眺めが一望できる。

〔アゴラ〕
本来はヘレニズム時代のものと思われるが地震の後2世紀に再建されている。過去の面影を非常に良い状態で今に伝える西と北に残る支柱に囲まれたこの古代の市場の北には長さ160m程にわたって二階建ての教会堂跡が見られる。北西の隅にかつて立っていたポセイドン(ネプチューン)、デメテル(セレス)そしてアルテミス(ダイアナ)の像は現在イズミル考古学博物館にて展示されている。

〔考古学博物館〕
コナク広場の南側にあるこの新しい博物館にはエフェソス、スミルナ、ベルガモン、ミレト等からの出土品が展示されている。エフェソスからのドミティアヌス帝記念像の腕と頭部(1世紀)、女神デメテルの青銅像(B.C.4世紀)、クラロスからのヘルメス(B.C.)、.ディディマの神殿の鏡板(B.C.6世紀)、バイラクル(イズミル)からの出土品等の他、宝石、コインといった古代の発掘物や多くの彫像を見る事ができる。


〔キュルトゥルバルク〕(文化公園)
1922年、トルコ人の支配下に於いてギリシア人によって焼きはらわれた都市の一部に現在の文化公園が設けられた。48ヘクタールの広大な公園では、毎年8月20日から9月20日まで国内外から注目を集める中近東最大の見本市が開催される。市の中心であるコナク広場にはイズミルの象徴であるムーア風の美しい時計台(1901)が立ち、これに対面する様にタイル貼りの可憐なコナク・モスク(1756)がある。広場の北手は共和国広場であり、中央には馬上のアタテュルク像が勇ましい。イズミルで最も由緒ある最大級のホテルBüyük Efes Oteliはここの後方に位置する。共和国広場から港まで続く魅力的なプロムナード(Birinci Kordon)には有名なレストランやブティックが並び、馬車での観光も興味深い。湾の北手はカルシュヤカと呼ばれる最も活動的な地区で、フェリーの往来がある。

*イズミル近辺
インジルアルトゥ:(12km西)美しい海岸。
チェシュメ:(81km西)リウマチに効く温泉と海水浴場。
アガメムノンの温泉:(14km西)


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