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トルコの世界遺産

トルコの世界遺産セリミエ・モスクのご紹介


エディルネの町のみどころの第一はまずセリミエモスクをあげなければならない。16世紀後半に建設されたこのモスクはオスマントルコが生んだ天才建築家シナンの代表作と称えられている。エジプトやギリシア、ローマ、ビザンティン帝国各地からの資材を利用した壮麗な建物である。
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 2011 年には、「エディルネのセリミエ・モスクの建造物群」として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

 モスク(イスラム礼拝堂)を中心として、図書館や学校、公衆浴場、市場、病院、墓地などが集まった複合施設です。スルタン・セリム2 世の時代に、1568 年から6 年の歳月をかけて建設されました。トルコ最高の建築家とされるミマール・シナンの手によるもので、シナン自ら最高傑作と称しました。シナンのモスクは、大ドームと細長いミナレット(礼拝時刻を告知する塔)を持つオスマン建築様式の完成型と考えられています。エディルネのモスクも、巨大なドームを囲むように4 基のミナレットが配された美しい外観をしています。

 ギリシアやブルガリアとの国境の町エディルネの町はトラキア地方、つまりトルコのヨーロッパ側国土の中心都市であり商業文化の中心であると同時に古くから軍事的にも重要な役割を担ってきた。
 もともと土着のトラキア人の住むこの小さな町の地理的重要性に着目し都市造りを命じたのはローマ皇帝ハドリアヌス、2世紀前半のことだった。町は皇帝の名にあやかってハドリアノポリスと呼ばれ、後にはテオドシウスニ世が城壁で町を囲み、首都コンスタンティノープルを守り抜く前哨地点としてより強化されている。さまざまな民族との攻防戦の舞台としてのドラマを秘めて、14世紀にはオスマントルコの領土となり、1453年のコンスタンティノープル征服までの一時期はその都とされていた。
 近代になってもその戦略上の要所としての哀しさから逃れることはできない。19世紀にはロシア占頷下に、20世紀になってからはブルガリア領土とされたこともあった。
 

エディルネの町のみどころの第一はまずセリミエジャーミをあげなければならない。16世紀後半に建設されたこのモスクはオスマントルコが生んだ天才建築家シナンの代表作と称えられている。エジプトやギリシア、ローマ、ビザンティン帝国各地からの資材を利用した壮麗な建物で、巨人なドーム屋根とその下に配された999の窓、そして本堂を囲むように4本の尖塔がすっきりと天に向かう、その洗練された美しい姿は市民の誇りである。モスク内部も天井や壁の装飾と外からの光がみごとなハーモニーを醸し出して荘厳な雰囲気が漂う。
ミヒラブ(壁がん)のタイル装飾にも注目したい。
 エスキジャーミ(オールドモスク)はエディルネの数ある建築の中でも最も古く1414年に完成している。その近くのだくさんの小ドームが並んで目を引くのはベデスタン(屋根付きバザール)である。リュステムパシャのキャラバンサライは最近オリジナルにそって修復された。
ウチシェレフェリジャーミ(塔に3つのバルコニーのあるモスク)は4本の尖塔の形など建築学上興味深いもので15世紀前半、ムラト二世が建てた。このスルタンはエディルネに多くのりっぱな建物を残している。特にムラディエジャーミは小さいながらもオスマン建築初期の特色が見られ、タイル装飾もすばらしい。ここはもともと旋舞教団の僧院として建てられたものと考えられている。
ウチシェレフェリジャーミの近くには2つの神学校跡と、15世紀以来今日も営業している伝統的トルコ風呂、ソコルルハマムが残っている。
15世紀後期のバウアジトジャーミはコーラン学校や貧しい人々の給食所、宿泊所から精神病院まで付属施設が充実していたことで名高い。
 その他、いくつかの石橋や砦のなごりといわれる塔などが今も人々の暮らしに生きている。
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