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JATA
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トルコの世界遺産

トルコの世界遺産ディヤルバクル城壁のご紹介


ローマの支配下に於いてアミダと呼ばれたディヤルバクルは、後にカラ・アミドの名で知られる様になった。チグリス沿岸の黒い玄武岩の色からカラ(黒)といわれたのだと思われる。4世紀、コンスタンチヌス帝は町を強靭な壁で包囲したが、これもササーンの支配者シャフプール2世の侵入(359年)を防ぐには及ばなかった。
トルコ世界遺産・ディヤルバクル

ディヤルバクル 東アナトリア高原で最も重要な都市である。海抜660mのチグリス川の沿岸、玄武岩の岩地にあり、都市の経済は製紙、織物業によって支えられている。南部の土地は非常に肥沃で、トルコ最良で最大のスイカ(何と重さ60Kgもある!)が採れるので有名である。
ディヤルバクル城壁は2015年に世界遺産に登録された。

〔歴史〕
ローマの支配下に於いてアミダと呼ばれたこの地方は、後にカラ・アミドの名で知られる様になった。チグリス沿岸の黒い玄武岩の色からカラ(黒)といわれたのだと思われる。4世紀、コンスタンチヌス帝は町を強靭な壁で包囲したが、これもササーンの支配者シャフプール2世の侵入(359年)を防ぐには及ばなかった。アミダはビザンチンの皇帝ユリアヌス(戦いで命を落としている)に征服されたが、638年にはアラブの支配下に入り、オマールのカリフ制から更にはアッバースの勢力に統治された。その後、様々な勢力が出現したり消えたりして支配交替が繰りかえされたが、スルタン・セリム1世(ヤウズ)の時代からはオスマン族の領地となっている。


*主要観光地抜粋 

〔城壁〕 
町は72の塔がある5.5kmに及ぶ城壁によって包囲されている。東西に1.6km、南北に 1.1km延び、4ケ所の主要門を有している。北門(Dağ Kapısı):ローマの門がここにあったと思われている。アラビア、ギリシア語による碑文があり、2つの半円形の塔には2頭の獅子と烏のレリーフが見られる。西門(Urfa Kapısı):中世の時代にはバブエルルム(Bab-er Rum、ローマの門)と呼ばれていた。3つの通路の内2つはモハッメッド(12世紀)の作である。門の袖には龍と鷲の装飾が用いられ、やはり12世紀からのこのレリーフは今でも良い状態であると言える。南門(Mardin Kapısı):門の名はアラビア語のバブエトテリ Bab-et Tell)に由来している。カリフ・ムクタディルによって10世紀に修復され、 ケチ・ブルジュ塔が門の上にそびえている。更に東、チグリス川の岸辺に見られるのがフンドゥク・ブルジュの塔である。門の南手にたつ塔「エブリ・ベデン・ブルジュ」「イエディ・カルデシ・ブルジュ」「ヌル・ブルジュ」は全て11世紀の建造物。東門(Yeni Kapı):中世にはチグリスの門の意味を持つバブエルディジレ(Bab-el Dicle)の名で呼ばれていた。「クラル・クズ・ブルジュ」「オールン・ブルジュ」等、チグリス川に沿う塔がある。 

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