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トルコの音楽


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トルコ音楽は、セルジュク時代から現代に至るまで様々な分野での発展を遂げた。これらの分野には、知識人たちが都市で発展させたトルコ古典音楽、アナトリアの人々のあいだで何百年もの間、直接口承的に発展してきたトルコ民俗音楽、宗教音楽、軍楽がある。現代音楽の基礎となる西洋の和声は、トルコでは音楽の分野として共和国建国以後に受け入れられた。近年、特に発展しているポップス、ロック、ジャズはトルコでも人気のある音楽分野である。

2007年には文化観光省付属の演奏団体が国内外で計1,776 回コンサートを行った。また、毎年国内または国際規模のフェスティバルなどでコンサートが行われている。

2007年は「メヴラーナの年」だったため、イスタンブール・トルコ歴史音楽団とコンヤ・トルコ神秘主義音楽団が、国内外でコンサートを計147回行った。

トルコ・ポリフォニー音楽

トルコにおけるポリフォニー音楽演奏は共和国になってから広まった。アタチュルクの指導により、音楽活動と公演において近代音楽とトルコ民俗音楽を基礎としながら、国際的な音楽技術と楽器が使われる西洋的音楽への傾倒化が進んだ。国外に留学した学生や国外から招聘されたジョセフ・マルクス、ポール・ヒンデミット、カール・エバート、ベラ・バルトークら専門家たちにより、基礎組織の構築が開始された。

1936年、アンカラ国立音楽学校の創設とともに、民俗音楽の西洋の和声への組み込み活動が重視され始めた。共和国初期の作曲家、ジェマル・レシット・レイ、アフメッド・アドナン・サイグン、ウルヴィ・ジェマル・エルキン、フェリット・アルナル、ネジル・キャーズム・アクセスらは、西洋の様々な音楽学校で教育を受けた。初期の作曲家指導者たちの後に続いた次の世代は、トルコ民俗音楽を取り入れつつ西洋的様式を用いたトルコ作曲学派を作り上げた。形式や理論における様々な違いがあるが、民俗音楽を参考にした点や、作品において郷土的モチーフと民族文化的な旋律を使った点において、初期作曲家たちとの共通点を見出すことができる。トルコ民族文化に関する研究・調査を行ったアドナン・サイグンは印象主義から民族主義に変わり、外国での講演会やコンサートでトルコ音楽の紹介に尽力した。作品が多くの国で演奏されたアフメッド・アドナン・サイグンの、パリとニューヨークで公演された「ユヌス・エムレ聖譚曲」は、世界的にも有名である。ナーズム・ヒクメット・ランの生誕105周年記念コンサートに出演したファズル・サイとズハル・オルジャイは、全く違った音楽体系の影響を受けたにもかかわらず、トルコでのポリフォニー音楽の普及と学校設立に尽力をつくした。

トルコにおけるポリフォニー音楽の普及において、トルコで最も古い歴史をもつシンフォニーオーケストラである「大統領府交響楽団」の影響は大きい。国内における積極的なコンサート活動によってポリフォニー音楽の普及に関し率先的に尽力したこのオーケストラは、ドイツ、アメリカ、フランス、スペイン、イタリア、韓国など多くの国々で行った海外公演により、トルコのポリフォニー音楽を世界に知らしめた。イスタンブール国立交響楽団、イズミール国立交響楽団、アンタルヤ国立交響楽団、ブルサ国立交響楽団、チュクロヴァ国立交響楽団も、国内外におけるコンサート活動を精力的に続けている。

スイスのVDEGALLOは2005年に初めてのゴールデンCD賞を有名なフルート奏者シェフィカ・クトゥルエルに与えた。

国立交響楽団以外にも、ビルケント交響楽団、ボルサン・イスタンブール・フィルハーモニー交響楽団やアクバンク室内管弦楽団などが、有名な民間オーケストラとして挙げることができる。

指揮者では、海外のオーケストラを指揮して数々のアルバムを発表し、受賞経験を持つヒクメット・シムシェキ、ギュレル・アイカル、レンギム・ギョクメン、ベティン・ギュネシらがいる。また、才能ある子どもたちを支援する制度によって、海外で教育を受けた音楽家たちが育っている。イディル・ビレト(ピアニスト)、スナ・カン(バイオリニスト)、ギュヘル/スヘル・ペキネル姉妹(ピアニスト)、イスマイル・アシャン(バイオリニスト)、ファズル・サイ(ピアニスト)、ジハット・アシュクン(バイオリニスト)、アイラ・エルドゥラン(バイオリニスト)、ギュルシェン・タトゥ(フルート奏者)らは、国際コンクールで受賞経験を持ちアルバムを発表している有名なトルコ人音楽家たちである。

トルコ古典音楽

トルコ古典音楽は15世紀のオスマン宮廷で始まり、19世紀まで常に発展した。この分野の最も古い楽譜は17世紀のものである。トルコ音楽にみられる「コマ」という独特な微分音を使った音列により、多くの旋法(マカーム)が生み出された。

古典音楽に使われる楽器の主なものは、ネイ、タンブール、ウード、カーヌン、ケメンチェ、クデュム、デフ、ジル(ハリレ)などである。

1943年、トルコの伝統音楽体系のなかで独自な多声音楽を生み出すことができ、また、トルコのオーケストラで伝統的楽器も重要な役割を果たすことができると主張したフセイン・サーデッティン・アレルの指導のもと、イスタンブール市立音楽学校にトルコ音楽科が開設された。さらに1950年代に入ると、アンカラとイスタンブールのラジオ局で様々な企画を担当したメスット・ジェミル・テルが「古典合唱団」を結成し、ウスキュダル音楽協会、東方音楽協会などの諸団体の活動とともに、トルコ古典音楽は復活の時代に入った。トルコ古典音楽における合唱団の指導を初めて専門的に行ったメスット・ジェミル・テルは、彼が結成した古典合唱団の活動をもって、それまで下火になっていたトルコ古典音楽の活動に現代的でしっかりとした音楽意識をもたらした。

1976年、イスタンブールで初めてトルコ音楽学校が設立され、ネヴザット・アトゥルーの指導により最初の国立トルコ古典音楽合唱団の活動が開始し、トルコ古典音楽の組織化における黄金期を迎えた。

 この時期、文化省所属のアンカラ、イズミール、ブルサ、サムスン、ディヤルバクルおよびエラズー国立トルコ古典音楽合唱団、イスタンブール・トルコ歴史音楽団、コンヤ・トルコ神秘主義音楽団、エディルネとイスタンブールの国立トルコ音楽団などが結成された。1984年にイズミール、1988年にガジアンテップ、1994年にコンヤ、2001年にはアフィヨンで国立トルコ音楽学校が開校した。国立合唱団は今日、定期演奏会やテレビ・ラジオ出演、国内外の演奏旅行などでトルコ古典音楽の発展と普及において重要な役割を果たしている。

サーデッティン・カイナク、シェリフ・イチリ、セラハッティン・プナル、アヴニ・アヌルなどの作曲家や、サフィエ・アイラ、ハミエット・ユジェセス、ミュゼッエン・セナル、ゼキ・ミュレンなどの歌手は、より大衆的に積極的な活動を行った共和国期のトルコ音楽における著名な芸術家たちである。ミュニル・ヌーレッティン・セルチュク、アラエッディン・ヤワシュチャ、ベキル・ストゥク・セズギン、メラル・ウールル、インジ・チャユルルなどの歌手や、ニヤージ・サユン、アカ・ギュンドゥズ・クトゥバイ、ネジデット・ヤシャル、エロール・デラン、ジヌチェン・タンルコルル、イフサン・オズゲンなどの楽器奏者は、トルコ古典音楽における重要な音楽家である。

トルコ民俗音楽

民俗音楽の特徴は作者不詳にある。その旋律が「作者不詳」であるという特徴を持つということは、民衆の内部から涌き出る創造力が世代から世代へと伝えられることにより伝統が守られるという意味をもつ。民謡は、共和国期とともに実施された公の音楽政策によって「現代」トルコ音楽の基となった。このため全国で民謡調査が行われ、採譜と資料化作業が重視された。1936年に設立された国立アンカラ音楽学校に民俗音楽研究が一任され、1952年まで毎年行われた調査活動により1万曲が採譜され資料として保存された。



1937年に始まった国営ラジオ放送は、民俗音楽の活性化のきっかけとなった。サーディ・ヤーヴェル・アタマン、タムブラジュ・オスマン・ペフリヴァン、セルヴェット・ジョシュクンセス、ムザッフェル・サルソゼンら音楽家たちによる民俗音楽のラジオ番組は、非常な人気を博した。ラジオ以外で活動を続けたルーヒ・スは、1960年代から始まる民俗音楽の新解釈をリードした。1975年以降、ズリュフ・リヴァネリとアリフ・サーは、バーラマとその他の楽器を使って実現させたアレンジにより、民俗音楽の現代性の獲得に貢献した。

近年、トルコ民俗音楽は国内でよく聴かれる音楽ジャンルのひとつとなっている。これはラジオやテレビ放送における普及効果の他、文化観光省付属国立トルコ民俗音楽合唱団の活動によるところが大きい。合唱団は1986年にアンカラにでき、その後シヴァスとシャンルウルファにも設立され、作者不詳の伝統的スタイルをもつ民謡と作曲家による作品を、単旋律またはポリフォニーで見事に歌いあげている。

ネリマン・アルトゥンダー、ニダ・テュフェクチ、メフメット・ウズベキ、ミュケッレム・ケメルタシュ、ベディア・アカルチュルク、ハーレ・ギュル、ムーサ・エロール、ネシェット・エルタシュ、ベルクス・アッカレ、サバハト・アクキラズ、ギュレル・ドゥマン、ムフリス・アカルス、マフスーニ・シェリフらは、作曲や民謡採集、演奏活動を行っているトルコ民俗音楽の代表的な音楽家たちである。

民俗音楽で使用される主な楽器に、大小数種類のバーラマ(サズ)、カヴァル、タール、ケメンチェ、チフテ、メイ、ズルナ、ダヴル、トゥルムなどがある。

ポップス、ロック、ジャズ

1960年代頃から世界的に広まった「ロックンロール」、および1960年以降ビートルズによって形成された「ビート」という概念により、音楽に若者世代独特の行動様式が取り入れられ、トルコの音楽グループもこの流れを追いかけた。当初は外国の曲にトルコ語の歌詞を合わせるというかたちで現れたこの動きは、その後、西洋の軽音楽とトルコ民俗音楽がミックスされた独特な曲風を生み出した。芸術的解釈、創作性、音楽性を重視する曲が主流となった。この進展と並行して、近年トルコでは巨大な音楽産業が形成され、国産カセットテープやCDの売り上げが飛躍的に増加した。特に若者に支持されるトルコポップやロック音楽のミュージックテープは、販売記録を更新しつづけている。

 年間に1億以上の国産・輸入ミュージックテープ、CDが販売されている。ポップスではタルカン、バルシュ・マンチョ、セゼン・アクス、ニリュフェル、ケナン・ドール、セルタブ・エレネル、MFO、シェブネム・フェラー、テオマン、モル・ウェ・オェテシ、ジャズではケレム・ギョルセヴ、イルハン・エルシャーヒン、ニュクヘト・ルアジャン、ギュロル・アウルバシュ、オカイ・テミズらが代表的なミュージシャンである。

2003年5月24日にレトニアの首都リガで開催された第48回ユーロビジョン・ソングコンテストに、『Every Way That I Can』という英語曲で参加したセルタブ・エレネルは、初めてトルコに1位をもたらし国際的成功を収めた。

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