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ヨーロッパの火薬庫「バルカン半島」とは?魅力あふれる国々の歴史と注目観光スポットを紹介


「バルカン半島」と聞いて、その位置や含まれる国をすぐに答えられる人は少ないでしょう。バルカン半島はヨーロッパにありますが、ヨーロッパにはイタリアやフランスなど多くのメジャーな観光地があるため、バルカン半島に行こうと思う人はあまりいないかもしれません。

しかし、バルカン半島の国々には魅力的な観光スポットが多く存在しており、近年では世界中の旅行者から注目を集めています。本記事では、そんなバルカン半島の場所や歴史、おすすめ観光地などをまとめて紹介します。


バルカン半島ってどこにある?

バルカン半島
バルカン半島は、ヨーロッパ南東部の突き出た半島を指します。トルコとイタリアの間に位置し、東から黒海、マルマラ海、エーゲ海、イオニア海、そしてアドリア海に囲まれているのがバルカン半島です。
 
バルカン半島に所属する国々は「バルカン諸国」と呼ばれ、具体的には以下12の国が挙げられます。
  • トルコ
  • ギリシャ
  • ブルガリア
  • ルーマニア
  • クロアチア
  • アルバニア
  • セルビア
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ
  • 北マケドニア
  • モンテネグロ
  • スロベニア
  • コソボ
 
バルカン半島の西側に位置する国々の多くは、旧ユーゴスラビア連邦に属していました。

バルカン半島とは?

バルカン半島の「バルカン(Balkan)」の語源はバルカン山脈(スタラ・プラニナ山脈)に由来しますが、実はもともとオスマン帝国時代に話されたオスマン語で「山脈」を意味する言葉でした。
 
バルカン山脈は、セルビアとブルガリアの国境から黒海沿岸まで、ブルガリア全土を横断しています。「バルカン」が半島の名称として使われだしたのは19世紀初めのことでした。そして、19世紀末からのバルカン戦争や第一次世界大戦によってその名が浸透することとなったのです。

バルカン半島の特徴と魅力

バルカン半島は、昔からオスマン帝国とオーストリア・ハンガリー帝国の影響を受けていました。そのため、さまざまな民族や異文化が混在した魅力ある国々で構成されています。いくつもの国があるからこそ、その歴史や文化は多種多様です。

アドリア海・エーゲ海・黒海に囲まれるバルカン半島は豊かな自然に恵まれていることから、近年ヨーロッパのなかでも穴場の観光地として人気が上昇しています。また、世界3大料理の1つであるトルコ料理を有するトルコ、世界有数の美食の国イタリアなどの影響を受けていることから、料理もおいしいと評判です。

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バルカン諸国には独自の通貨を持っている国が多く、ヨーロッパであるにもかかわらず物価が安いため安心して楽しめます。

日本ではまだまだ馴染みの薄いバルカン半島ですが、トルコ・ギリシャ・クロアチアなどのメジャーな観光大国から、美しい景色がまだ知られていない国々など、バルカン半島は魅力満載のこれから注目すべき観光スポットです。

 
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「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島の歴史

戦争
バルカン半島は先史時代以来、さまざまな民族が往来し、文明が交錯する土地でした。紀元前6500年頃からバルカン半島で始まった農耕牧畜は、紀元前5000年頃には半島全域に広がりました。ヨーロッパ最初の農耕社会が形成され、新石器時代が始まったとされています。

古代のバルカン地域には、ギリシャ人やイリュリア人、パエオニア人、トラキア人、ダキア人、そのほかにも古代の民族が住んでいました。
 
その後、バルカン半島はローマ帝国の支配下におかれます。ローマ文化とラテン語がバルカン半島の大部分に浸透していきますが、重要な部分では古代ギリシャの影響が残っていました。

ローマ帝国の東西分裂後には、大部分が東ローマ帝国の領域となります。東ローマ帝国はローマ帝国の継続国家でしたが、コンスタンティノープル(現トルコのイスタンブール)を都にすると、次第にビザンツ帝国と呼ばれるようになりました。

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ビザンツ帝国時代にはビザンツ教会(=ギリシャ正教)が浸透しますが、中欧に接した地域ではローマ教会の影響も及んでいました。

オスマン帝国の支配前まで、この地域は現地のトラキア語名で「ハムエス(Haemus)」と呼ばれていたことがわかっています。

オスマン帝国のバルカン半島進出

オスマン帝国 イェニチェリ
1299年、オスマン1世によって建国されたオスマン帝国は、もともとアナトリア(小アジア)の小国でした。

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1359年にムラト1世が3代目君主に即位すると、バルカン半島東南のアドリアノープル(ローマ皇帝ハドリアヌス帝が建設した都市)を攻めます。1361年頃に占領すると、名前を「エディルネ」と変えてブルサに代わるオスマン帝国の新しい都としました。そして1389年にはコソボの戦いでスラブ勢力を退け、オスマン帝国はバルカン半島への領土拡大に成功しました。

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1453年、オスマン帝国がビザンツ帝国の都コンスタンティノープルを陥落させたことで、ビザンツ帝国は滅亡します。その後、約500年もの長きにわたってバルカン半島はオスマン帝国の支配下になりました。
 
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オスマン帝国がバルカン半島に進出したのは、バルカン半島が非イスラム教の地域だったからです。異教徒の土地を征服することで、異教徒たちに人頭税を払わせればオスマン帝国の財政が潤うと考えたのです。

オスマン帝国の進出により、バルカン半島へのトルコ人の移住や、先住民のイスラム教への改宗が行われ、当地のトルコ化・イスラム化が進行しました。一部の地域では、現在でもその名残が見られます。

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このような背景から、バルカン半島はキリスト教文化やイスラム教文化が混在する地域となりました。なお、この地が「バルカン」と呼ばれ始めたのは、オスマン帝国時代からだといわれています。

なぜヨーロッパの火薬庫と呼ばれるようになったのか?

バルカン半島 セルビア モンテネグロ
「ヨーロッパの火薬庫」とは、バルカン半島の情勢を言い表した言葉です。

バルカン半島はトルコに隣接しており、ヨーロッパ側から見れば陸の要所といえる位置にあります。要所であったことから、多くの民族が入り混じる場所でした。

もともとバルカン半島一帯は多民族国家でもあるオスマン帝国が支配していました。しかし、オスマン帝国が弱体化すると、バルカン半島では次々と小国が誕生し、徐々に民主化が広がっていきました。そして、国境をどう定めるかという問題が浮上してきます。その結果、民族同士の対立を深めていくこととなりました。

さらに、多民族国家の独立に目を付けた列強諸国が介入してきたことで、バルカン半島における小国同士の紛争が大国間の戦争につながるという危険な情勢となります。民族の対立と列強の思惑が絡み合い、バルカン半島の情勢は「いつ何が起こるか分からない」状態となり、「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになったのです。
 
そして1914年、ボスニアでオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子が暗殺される「サラエボ事件」が起きます。この事件が引き金となり、バルカン半島ならびにヨーロッパ諸国を巻き込んだ第1次世界大戦が始まりました。

旧ユーゴスラビア問題

バルカン半島 旧ユーゴスラヴィア
バルカン半島で必ず出てくるのが「旧ユーゴスラビア」という言葉です。ユーゴスラビアは以下7つの国が1つとなった国家でした。
  • スロベニア
  • クロアチア
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ
  • モンテネグロ
  • セルビア
  • コソボ
  • 北マケドニア
 
旧ユーゴスラビアはその多様性から、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」といわれていました。ユーゴスラビア連邦では、チトー大統領のもとでセルビア人、クロアチア人、アルバニア人など多数の民族や国家、文化が共存していたのです。

しかし、1980年にチトー大統領が亡くなると民族間の対立が表面化します。1991年にスロベニアとクロアチアの独立が宣言されると、セルビアがクロアチア独立に難色を示したことでクロアチア内戦が勃発します。そして翌1992年にボスニア・ヘルツェゴビナも独立したことで、ユーゴスラビア連邦は崩壊してしまいます。1991年から始まった旧ユーゴスラビア紛争により、およそ10年にわたって戦争が行なわれることとなりました。

最終的に旧ユーゴスラビア連邦は7つの国に分かれました。しかし2008年に独立したコソボに関しては、セルビアのほか複数の国がまだ認めていません。ちなみに、日本はコソボの独立を認めています。

 
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バルカン半島にある12の国を紹介!

バルカン半島にある国々「バルカン諸国」には合計12の国があります。全領土がバルカン半島内にある国もあれば、領土の大部分または一部のみがバルカン半島内にあるという国もあります。

なかには聞き慣れない国もあるかもしれませんが、それぞれ魅力あふれる国々です。ここでは、バルカン諸国各国の魅力を紹介します。

トルコ

ブルーモスク
トルコ(Turkey)は領土の一部(ヨーロッパ方面)がバルカン半島に属しています。これらの地域は「東トラキア」とも呼ばれています。東トラキアには、トラキアの歴史的地域(古代ギリシャ時代のトラキア)の東部すべてが含まれ、トルコでは地方のエディルネ・テキルダー・クルクラーリレに加え、チャナッカレとイスタンブールのヨーロッパ側も含まれます。

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トルコのバルカン半島地域における最大の都市は、誰もが知るトルコ最大の観光地「イスタンブール」です。イスタンブールはトルコ観光の代名詞でもあり、ブルーモスクやアヤソフィアなど数多くの観光スポットを有します。

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セリミエ・モスク そしてトルコのバルカン半島地域でイスタンブールに次ぐ都市が、ギリシャ、ブルガリアとトルコを結ぶ国境の町「エディルネ」です。エディルネには、トルコ随一の美しさを誇る世界遺産「セリミエ・ジャーミィ」があります。エディルネはオスマン帝国がコンスタンティノープル(現イスタンブール)を征服するまで、100年にわたりオスマン帝国の首都でした。

セリミエ・モスク(文化遺産・2011年) | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』
 
そのほか、ダーダネルス海峡のほとりの町「チャナッカレ」はトロイ遺跡観光の拠点としてよく利用される町です。

広大なトルコの領土に対して、バルカン半島に含まれるヨーロッパ部分の領土面積はわずか3%ほどとなっていますが、トルコ人口の14%がこの地で生活しています。そして、このわずかな面積のなかにも見どころが詰まっているトルコはまさに世界屈指の観光大国といえます。

また、世界3大料理の1つである「トルコ料理」は実に種類が豊富で、代表する料理には日本でもお馴染みの「ケバブ」があります。観光だけでなく、さまざまな食事を楽しめるのもトルコの魅力です。

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ギリシャ

ギリシャ サントリーニ島
ギリシャ(Greece)はオリンピック発祥の地として多くの人に知られています。また、古代から伝わるギリシャ神話など、歴史的にとても貴重な世界遺産や伝統、文化を兼ね備えた国です。地中海の島国であるギリシャは、本土部分とエーゲ海、イオニア海に点在する6,000もの大小さまざまな島で成り立っています。ギリシャは日本人にとって馴染みがある国なので、興味がある人も多いのではないでしょうか。

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ギリシャ旅行に行くなら、ぜひ訪れたいのがエーゲ海に浮かぶ「サントリーニ島」です。青と白に塗られた街並みと、島を囲む海と空による青のコントラストはとにかく絶景で、日本でもハネムーナーに特に人気の高い島です。

雑誌などでよく見かけるサントリーニ島の風景といえば、イアの町にある「ブルードーム教会」です。ブルードームが3つ並んで見える場所は絶好のフォトスポットであり、多くの観光客が訪れています。ギリシャには、サントリーニ島以外にもエーゲ海に浮かぶ魅力的な島々があります。

また、国中に点在している歴史ある世界遺産もぜひ訪れたい観光スポットです。首都アテネには世界遺産パルテノン神殿があります。小高い丘の上にあるため、アテネ市街を一望できる点も魅力です。そのほか、オリンピック発祥の地となったオリンピア遺跡、巨大な奇岩と崖の上に建てられた修道院、いくつもの古代ギリシャ遺跡など、多数残る古代文明の遺跡は人気の観光スポットになっています。

ブルガリア

ブルガリア アレクサンダル・ネフスキー大聖堂
ブルガリアと聞くと、私たち日本人が真っ先に思い浮かべるのは「ブルガリアヨーグルト」でしょう。観光地としてはあまり馴染みのないブルガリア(Bulgaria)ですが、貴重な世界遺産や遺跡がよい保存状態で残されています。

首都のソフィアは観光の中心都市としても栄えており、なかでもソフィアのシンボルともいわれる「アレクサンダル・ネフスキー大聖堂」は見逃せない観光スポットです。長く続いたオスマン帝国の支配を終わらせた露土戦争がきっかけで建設されました。ブルガリア正教会の拠点であり、世界的にも最大級の大きさです。

また、首都ソフィアから車で約3時間の場所には、世界遺産の「リラ修道院」があります。リラ修道院はかつて、ブルガリアの宗教・文化の中心でした。オスマン帝国の支配下に置かれてもその信仰と文化を守り抜いたことから、リラ修道院はブルガリアの支柱的存在、ブルガリア人の心の拠りどころとされてきました。

リラ修道院内部には、壁や柱、梁、天井を埋め尽くすほどの極彩色のフレスコ画が描かれています。その息をのむ美しさに惹かれ、世界中から多くの観光客が訪れています。

ブルガリアを訪れたら、やはり本場の「ブルガリアヨーグルト」も味わいたいところです。ブルガリアにはヨーグルトを使った多様な料理があるため、そのまま食べるだけでなく、さまざまな形でヨーグルトを楽しめます。

ルーマニア

ルーマニア ブラショフ
ルーマニアと聞いてイメージされるのは「ドラキュラ伝説」ではないでしょうか。ルーマニア(Romania)は、東ヨーロッパの古きよき伝統や生活様式、独特な民族文化が息づく人気のある国です。

ドラキュラのモデルになったのは、15世紀のルーマニアに実在したヴラド・ツェペシュ(ヴラド3世)という人物でした。ヴラド3世には、当時敵だったオスマン帝国の兵士や自国の庶民、貴族を串刺しにして1列に並べたという逸話があります。このことから、ルーマニア語で悪魔の子供を意味する「Dracula(ドラキュラ)」と呼ばれるようになり、現在のドラキュラのモデルになったといわれています。

ルーマニアのなかでも特に人気のある観光都市が「ブラショフ」と「ブカレスト」です。ブラショフの近郊には、アイルランドの作家による「吸血鬼ドラキュラ」のなかで、ドラキュラの居城のモデルとなったブラン城があります。
 
少し怖いイメージがあるかもしれませんが、実際のブラン城の城内に恐ろしい雰囲気はなく、中世の典型的なお城となっています。中世の生活がそのまま再現されている居室がいくつもあり、まるで中世にタイムスリップしたような気分を味わえます。

もう1つの人気観光都市ブカレストはルーマニアの首都で、かつては「バルカンの小パリ」と称されるほどの美しい町でした。現在の街並みは第2次世界大戦後に造られたものがほとんどですが、街を散策すれば今でもその面影を垣間見ることが可能です。

クロアチア

クロアチア ドブロブニク
近年ヨーロッパのリゾート地としても注目を浴びているクロアチア(Croatia)。地中海のイタリア半島とバルカン半島に挟まれた領域を「アドリア海」と呼びますが、その「アドリア海の真珠」とも称されるのが、クロアチアを代表する観光スポットである世界遺産「ドブロブニク(ドゥブロブニク)の旧市街の街並み」です。
 
ドブロブニクはジブリ映画の「魔女の宅急便」や「紅の豚」のモデルになった場所ともいわれています。オレンジ色の屋根と白い壁の並ぶ街並み、それらと青い海の対比は、ローマ帝国時代よりも古くからの歴史を感じさせる重厚さを漂わせています。

約2kmの城壁に囲まれた旧市街には町の歴史を物語る歴史的建造物がたくさん残っており、まるで中世にタイムスリップしたかのような風景が広がっています。ドブロブニクを訪れるなら、城壁からの眺めは必見です。高台からドブロブニクの町を一望でき、まさに絶景といえます。

どこを切り取っても美しい景色が広がるドブロブニクは、バルカン半島にとどまらずヨーロッパを代表する観光地の1つです。

アルバニア

アルバニア
アルバニア(Albania)は、南側の国境でギリシャと接し、対岸にはイタリアが位置する国です。首都は「ティラナ」ですが、国名と首都名を聞いてもピンとこない人がほとんどでしょう。アルバニアは共産主義時代に鎖国政策をとってきたため、ヨーロッパでも「ミステリアスな国」として知られているのです。
 
アルバニアは15世紀以降、400年間にもわたってオスマン帝国の支配下にありました。その間にキリスト教からイスラム教への改宗の動きが広がり、17世紀には人口の70%がムスリム(イスラム教徒)となりました。現在でもアルバニア人口の半数以上がムスリムであるとされています。

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1990年の市場経済の導入、そして1997年のネズミ講による経済破綻と、これまでアルバニアがよいイメージを持たれることはあまりありませんでした。しかし現在では、インフラはまだ整っていないものの、もともと持っていたローマ時代の遺跡や美しい自然などで訪れる人々を魅了する観光地となっています。

アルバニアは「ヨーロッパ最後の秘境」といわれるほど、ヨーロッパでは旅行先として注目されています。特にアルバニア南部にあるジペ・ビーチ(Gjipe)は、「ヨーロッパでもっとも美しいビーチ」として有名です。
 
アルバニアは、北部の山々の絶景から、イオニア海の美しいビーチ、伝統が息づく村々、そしてオスマン帝国時代の雰囲気を色濃く残す町など、さまざまな魅力が詰まった国です。現在のアルバニアは治安がよいともいわれており、また物価もとても安いため安心して旅行が楽しめるでしょう。

セルビア

セルビア
セルビア(Serbia)はバルカン半島の内陸に位置しており、北にハンガリー、北東にルーマニア、南東にブルガリアなど、複数の国に接している国です。セルビアの首都ベオグラードは、ドナウ川とサヴァ川が交わる交通の要所でもあったことから「中央ヨーロッパの玄関」とも呼ばれてきました。
 
その立地のため、セルビアでは古代ローマ帝国から始まり、ビザンツ帝国、オスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国による略奪および統治が続きました。ドナウ川を境に、オスマン帝国とオーストリア・ハンガリー帝国に町が2分されたり、かつての旧ユーゴスラビアの首都であったりといった歴史を持つ国です。

あまりよいイメージが持たれないセルビアですが、実はヨーロッパ有数の自然大国として、その国土は山や川、湖などの緑あふれる大自然に囲まれています。また、以下のようにさまざまな世界遺産を有する国でもあります。
  • スタリ・ラスとソポチャニ
  • ストゥデニツァ修道院
  • コソボの中世建造物群
  • ガムジグラード-ロムリアーナ
  • ガレリウスの宮殿
  • 中世墓碑ステチュツィの墓所群
 
セルビアは長年にわたってオスマン帝国の支配を受けていたことからトルコ料理の影響も受けており、食事がおいしいことでも知られています。物価も安いため、値段を気にせず楽しめるのも魅力です。

ボスニア・ヘルツェゴビナ

ボスニアヘルツェゴビナ モスタル
バルカン半島北西部に位置するボスニア・ヘルツェゴビナ(Bosnia and Herzegovina)。国名を聞いて、旧ユーゴスラビアの内戦といった暗いイメージを持つ人も少なくないでしょう。しかし、すでに紛争は終結し、現在は魅力あふれる国として世界中から注目を浴び、年々観光客も増えてきているのです。

ボスニア・ヘルツェゴビナは多民族・多宗教の国であり、首都のサラエボは巨大な近代都市かつ文化の中心地となっています。

ボスニア・ヘルツェゴビナの見どころは、世界遺産にも登録された「スタリ・モスト(=トルコ語で古い橋の意味)」です。この橋は「モスタル」という町の旧市街に流れるネレトヴァ川に架かっており、「モスタル」という町の名前も橋にちなんで付けられました。

スタリ・モストは、オスマン帝国の前線基地として栄えていた16世紀に建設されましたが、紛争中の1993年に破壊されてしまいます。紛争が終わった後、破壊された橋の残骸を川から引き上げ、不足部分は新たに石材で補いながら、2004年にユネスコの支援を受けたトルコ企業が再建しました。

翌年の2005年には、スタリ・モストを含む「モスタル旧市街の古い橋の地区」がボスニア・ヘルツェゴビナ初の世界遺産として登録されました。

オスマン帝国時代から中心であったモスタルの地には、現在もオリエンタルな雰囲気が残されています。スタリ・モストと多文化が交錯する旧市街に、周辺の自然が相まって美しい光景が広がっています。モスタルには隣国クロアチアのドブロブニクからも日帰りで行くことが可能です。

北マケドニア

北マケドニア オフリド
北マケドニア(North Macedonia)は、旧ユーゴスラビアの最南端に位置している国です。北マケドニアという国名は、日本人にとってはあまり馴染みがないかもしれません。

北マケドニアの首都は「スコピエ」という名の町ですが、実はスコピエは「マザー・テレサ」の出身地なのです。スコピエがまだオスマン帝国領だった時代にマザー・テレサは誕生し、18歳まで暮らしていました。スコピエの中心地、マケドニア広場からほど近い場所にあるマザー・テレサが洗礼を受けた教会の跡地には、現在「マザー・テレサ記念館」が建っています。

また、アルバニアとの国境にある町「オフリド」には、世界的にも稀な自然と文化の世界複合遺産「オフリド地域の自然遺産及び文化遺産」があります。オフリドは、4分の1がアルバニア領であるオフリド湖のほとりにある町です。オフリド湖は400万年前に誕生したといわれ、透明度の高い美しい湖として知られています。

3世紀にキリスト教が伝来してから、オフリドは文化宗教都市として繁栄し、現在でも古い教会が多く残されています。美しい湖と古い町並みが見事に調和した景観により、魅力的な人気の観光スポットとなっています。

モンテネグロ

モンテネグロ
モンテネグロ(Montenegro)は、2006年にセルビア・モンテネグロから独立した比較的新しい国です。モンテネグロも日本人にとってはあまり馴染みのない国かもしれませんが、ヨーロッパでは次なる観光地として注目を集めています。

モンテネグロのなかでも有名な観光スポットが、世界遺産に登録されている「コトルの自然と文化歴史地域」です。コトルは、複雑な海岸線と険しい山に囲まれた「天然の要塞」ともいえる町です。

コトルの歴史は古く、ローマ時代にまで遡ります。15世紀にベネチア共和国がコトルを支配下に置くと、オスマン帝国の侵入を防ぐため、背後の山にまで続く4.5kmにもおよぶ城壁が築かれました。旧市街には12世紀にロマネスク様式で建てられた聖トリフォン大聖堂や、17世紀に建てられた大時計のある塔など、古い町並みが今でも残っています。

コトルへは、隣国クロアチアのドブロブニクからも日帰りで行くことが可能です

スロベニア

スロベニア シュコツィアン洞窟群
スロベニア(Slovenia)は、西の国境がイタリア、北がオーストリア、南がクロアチア、東がハンガリーに接している国です。アドリア海にも面しているため、リゾート地としても人気があります。スロベニアも日本ではあまり馴染みのない国ですが、実は隠れた観光大国です。

スロベニアにも複数の世界遺産がありますが、特に有名なのが1986年に世界自然遺産に登録された「シュコツィアン洞窟群」です。シュコツィアン洞窟群は、世界でもっとも有名なカルスト地形の鍾乳洞です。「カルスト」は石灰岩地域に発達する特殊な浸食地形の総称ですが、このカルストという言葉自体がスロベニア南西部のクラス地方に由来しています。

シュコツィアン洞窟群は日本ではあまり有名ではありませんが、海外ではグランドキャニオンやエベレストなどと並ぶほど人気があるとされる世界遺産です。

また、オーストリア・イタリアとの国境近くにある「ブレッド湖」もスロベニアを代表する観光地であり、その絶景から「アルプスの瞳」とも称されています。湖の中央には、17世紀に建てられた聖マリア教会がある小島が浮かんでいます。小島へはボートで渡り、教会の荘厳な祭壇やフレスコ画を見ることが可能です。また、願いが叶うとされる「望みの鐘」もあります。

コソボ

コソボ プリズレン
「コソボ紛争」という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。コソボ(Kosovo)は2008年に独立を宣言しました。バルカン半島中部の内陸に位置しており、面積は日本の岐阜県ほどのとても小さな国です。

紛争のイメージが強いコソボですが、最近では復興も進んでおり、豊かな自然や文化遺産に少しずつ注目が集まってきています。

コソボはもともと中世セルビア王国の中核を担う地域でした。そのため、世界遺産である4つのセルビア正教の修道院や教会などの美しい建造物、中世のすぐれたフレスコ画などが残っています。また、多くのイスラム建築も確認できます。

セルビアの世界遺産として紹介した「コソボの中世建造物群」も、実はコソボの国土内にある世界遺産です。しかし、コソボは世界遺産条約を未締約であるため、世界遺産センターではセルビアの世界遺産として分類しています。

コソボ南部の中心都市「プリズレン」には、オスマン帝国時代の建造物が多く残っています。数々のモスクやハマム(トルコ風呂)跡などがあるため、エキゾチックな雰囲気を強く感じられるでしょう。

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さらにセルビア正教の教会なども点在しており、特に世界遺産「コソボの中世建造物群」の1つである「リェヴィシャの生神女教会」は有名です。プリズレンはゆっくり回っても半日で十分観光できるほどの小さな町ですが、その魅力からコソボ随一の観光地ともいわれています。

日本人にとってコソボは馴染みのない国かもしれませんが、実はコソボではほとんどの人が日本を知っています。紛争によって疲弊してしまったコソボに対し、日本政府が多くの援助により復興を支援していたからです。そのため、多くのコソボ人が親日の感情を抱いてくれているのです。

 
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バルカン半島の定番グルメ!

バルカン半島には複数の国があることから、それぞれの土地でおいしいグルメを楽しめます。バルカン諸国の料理は、歴史的にもさまざまな文化の影響を受けているのです。
 
セルビアやボスニア・ヘルツェゴビナなどのバルカン半島南部では、オスマン帝国の支配下にあったことからトルコ料理の影響を強く受けています。

海に面したアルバニアでは、同じくオスマン帝国の領土だったことからトルコ料理の影響を受けつつも、地中海料理文化もあわせ持っています。同じ海に面しているモンテネグロは、かつてベネチア領であったことからイタリア料理の影響が残る国です。

バルカン半島北部では、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあったことからハンガリー料理の影響が見られます。

バルカン諸国では、それぞれが歩んできた歴史が料理にも大きな影響を与えているのです。なかでも特に定番のおすすめ料理を紹介します。

チェヴァブチチ(チェバブチチ)

チェバプチチ
バルカン半島でよく食べられている定番料理の1つに「チェヴァブチチ(チェバブチチ)」というひき肉を使った料理があります。トルコ料理のキョフテに似ており、ひき肉を棒状に成形して焼いたハンバーグのような料理です。
 
キョフテ「トルコ風ミニハンバーグ」・おすすめのお店や本場風レシピもご紹介|おすすめのお店や作り方もご紹介 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』
 
香辛料がたっぷり使われているため、日本で食べるハンバーグとは違った味わいです。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでは、名物料理としてよく出されています。旧ユーゴスラビアのバルカン地域が発祥ですが、「チェヴァブチチ」という名はトルコ料理のケバブに由来するといわれています。セルボクロアチア語で、「小型のケバブ」という意味です。

プレスカヴィツア

プレスカヴィツァ
お肉料理が多いバルカン半島。「プレスカヴィツア」もバルカン半島でよく食べられている定番料理であり、チェヴァブチチと同じくひき肉を使った料理です。

豚肉・牛肉・羊肉のうち2種類または3種類のひき肉を使い、スパイスを混ぜ合わせて焼き上げます。プレスカヴィツアはチェヴァブチチと違って棒状ではなく、日本のハンバーグのような形です。ハンバーグのようにそのまま食べるほか、パンに挟んでハンバーガーにして食べることもあります。

見た目も味わいも、肉々しさがたまらない1品です。

トレレチェ(トゥリレチェ)


トレレチェ (トゥリレチェ)とは、バルカン半島のなかでもマケドニアやアルバニアでよく食べられるスイーツです。トレレチェは水牛・ヤギ・牛という3種のミルクに浸したスポンジの表面にカラメルをかけて作ります。
 
実はトレレチェは、アメリカやメキシコで「トレスレチェケーキ」と呼ばれている人気のケーキがスペイン経由でヨーロッパに渡り、バルカン半島で人気になったといわれているのです。本場アメリカではケーキ感が強いのに対し、バルカンのトレレチェはミルクにたっぷり浸すためプリンに近い食感となっています。

意外にも甘すぎることはなくさっぱりと食べられ、美食の国トルコでも流行るほどの人気スイーツです。

 
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