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トルコ基本観光情報

ハレムは男子禁制の秘密の花園?!本来の意味やオスマン帝国ハレムの実態


「ハレム(Harem)」という言葉を一聴すると、何となく男性が沢山の女性をはべらせているイメージが日本では定着しているのではないでしょうか?これも間違った解釈ではありませんが、トルコ語のハレムは、男子禁制の女性だけの居室を表しています。

ここでは、そんな「ハレム」の意味やトルコの宮廷における歴史、ハレムにまつわる話を徹底解説致します。

ハレムの本来の意味とは?

トプカプ宮殿 ハレム
ハレム(ハーレム)の語源は、アラビア語で「禁じられた場所」「神聖な場所」を意味する「ハリーム(ḥarīm)」です。

語源からもわかるように、ハレムの本来の意味はイスラム教の教えをもとに家庭内の女性を他の男性から隔離する目的で確保されたプライベートな空間なのです。イスラム教の戒律によって、女性を「ハレム」に隔離する風習は10~11世紀から一般化し、現在も保守的な地域ではハレムの習慣が見られます。

しかし、一般的に想像されるような多数の側室を抱えるハレムは、主にイスラム世界の宮廷で見られたものです。中でも当時栄華を誇ったオスマン帝国にあったものが西洋にも広く知られるようになったことで、トルコ語の「ハレム(harem)」の名称がイスラム世界以外でも定着したのです。

ハレムのもとになったイスラム教における女性の考え方

イスラム教の聖典であるコーランには、預言者ムハンマドの自宅に頻繁に出入りする信徒たちとムハンマドの家族の居室の間を厳密に区切り、両者のむやみな行き来や会話を戒めた規定がみられます。

また、コーランの別の箇所では、イスラム教徒の女性たるものは貞節を固く守るべきとの戒めが説かれています。後世のムスリムたちは、ムハンマドの家族に関する規定と女性の貞潔義務の規定を厳密に遵守適用するための配慮として、家屋の中にハレムを置くようになりました。

これは、女性が外出時にヒシャーブやブルカと呼ばれるスカーフで顔や身体を覆うのと同じ発想に基づいています。

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ハレムとイスラム教の一夫多妻制の関係

イスラム社会は、一夫多妻制社会の具体例としてとり上げられることが多くあります。イスラムにおける一夫多妻制は法源をコーランとするイスラム法的制度で、男性は4人まで妻を娶ることができます。しかし、コーランの規定上、夫は妻を保護し扶助を与える義務があり、またそれぞれの妻の間に扱いの差異を設けることは決して許されません。

これらの条件を満たせないときは一夫一妻が奨励され、夫が義務を怠り、それぞれの妻の扱いに差異を設けた場合は離婚申し立てと賠償の根拠となります。実際のイスラムの歴史において、妻をそれぞれ平等に扱う規定が特に強調されるようになったのは、近代に入り女性の人権を擁護する動きが強まってからです。

イスラムにおける婚姻制度は法的に極めて厳格であり、二人以上の妻をもつ場合の男性の経済的負担は非常に大きいものとなります。そのため、一定以上の社会的地位と経済的実力を持たない限り二人以上の妻を持つことは困難です。

歴史的にイスラム社会においても二人以上の妻をもつのはごく限定的で、それ以上は大商人などの非常に限られた層だけであったことが明らかになっています。

宮廷におけるハレムの歴史

トルコ ハレム 女性を隔離する慣行はイスラム教を起源とするわけではなく、特に一夫多妻制が許可されている場合、多くの古代オリエントで一般的でした。イスラム以前のアッシリアとペルシャでは、ほとんどの宮廷にハレムがあり、支配者の妻と側室は女性の付き添いや宦官と一緒に住んでいました。

ハレムを厳密に運用するためには、一夫多妻制と同様に複数の夫人を抱えながら女性を労働力とせず、家庭内に置いておくことが可能な経済力が前提でした。裏を返せば、イスラム世界で最も裕福な存在である王侯貴族の宮廷においてハレムが厳密かつ大規模に営まれていたということを意味しています。

イスラムの教主であるカリフの権威が絶頂に達したアッバース朝においては、「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」で語られたような非常に大規模なハレムが存在していました。

千夜一夜物語とは?

妻の裏切りにより女性不信に陥ったアッパース朝の王がハレムの庭を散歩しながら今宵を共にする女性を探し、朝になると口封じのために殺害するということを繰り返していました。それを止めさせるために大臣の娘が自ら出向き王と一夜を過ごします。

宮殿から出たことがない世間知らずの王に彼女は夜が明けるまで、毎晩面白いお話(冒険、戦争、架空の話、恋愛話など多岐に渡る内容)をきかせます。彼女の面白い話をきいて喜んだ王は毎晩彼女を呼びました。その数はなんと1000夜にも及び、翌朝ついにこの大臣の娘と結婚し終生一人だけを愛することを誓った、というのが千夜一夜物語の内容です。

ちなみに王に語られた物語の中には、日本でもお馴染みの「アラジンと魔法のランプ」も含まれています。

 
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歴史上最も有名なオスマン帝国のハレム

イスタンブール トプカプ宮殿
歴史上で最も有名なハレムは、近年テレビドラマの舞台としても一躍名が知られたオスマン帝国のハレムです。

15世紀から19世紀中頃までオスマン帝国の皇帝(スルタン)が居住した「トプカプ宮殿」の中には、国政を行う外廷とスルタンの生活空間である内廷に接して、宮廷の女性達の生活の場であり、戦いの場でもあったハレムが建てられました。

オスマン帝国におけるハレムの役割

オスマン帝国におけるハレムは結婚のリスク(主に妻の裏切り)を伴わない平等な生殖手段として、奴隷の妾を持ち、権力は息子だけに継承されるという家父長制的な権力の性質を強調する役割を果たしていました。

オスマン帝国のハレムには美人が多いと有名なコーカサス出身の女性を中心に多くの女奴隷が集められ、最盛期は1000人を超えていたそうです。戦争捕虜や貧困家庭から売られて奴隷身分となった女性たちはイスタンブールで買われると、イスタンブールの各所に置かれた君主の宮廷の一つに配属され、黒人の宦官によって生活を監督されながら礼儀作法や料理、裁縫、文字の読み書きから文学など様々な教育を受けた後、侍女として皇帝の住むトプカプ宮殿のハレムに移されました。

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ハレムでの生活

トプカプ宮殿 ハレム
ハレムの女性達にとって庭の散策は、外部と閉ざされた窮屈な生活の中で楽しみの一つであり、散策の際には、外から見られぬように周りに幕が張り巡らされ、休息や食事、礼拝のためのテントも備わり、スルタンもこれに参加しました。

時には、郊外の行楽地へ出向くこともあり、スルタンの他の宮殿への移行時もしばしば彼女達は同行しました。音楽や舞踊、演劇も楽しみの一つでした。外部からこのための教師が招かれ、外部に女奴隷を派遣して諸芸を学ばせ、トルコ以外の西欧の文化・文芸を宮廷内で楽しむことができたそうです。

ハレムにおける女性たちの階級

ハレムに移された女性たちの中から皇帝に見初められた女性は、İkbal(イクバル、幸運な者)、Gözde(ギョズデ、目をかけられた者)と称され、私室を与えられて側室の格となります。

その中でも寵愛を高めた女性はHaseki(ハセキ、寵姫)、Kadın(カドゥン、夫人)などの尊称を与えられ、最も高い地位にある者はBaş Kadın(バシュ・カドゥン、主席夫人)の称号を得ました。

さらに後継者となる男の子を産めばハセキ・スルタンと呼ばれましたが、皇帝は原則として彼女達と法的な婚姻を結ぶことはなく、建前上は君主の奴隷身分のままでした。しかし、自身の生んだ息子が皇帝に即位するとヴァーリデ・スルタン(母后)と呼ばれ、ハレムの女主人として高い尊敬を払われる身分となります。

ちなみに、スレイマン1世の夫人ヒュッレム・スルタン(ロクセラーナ)のように、元キリスト教徒の奴隷から皇帝の正式な妻にまでなった稀有な例もあります。

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オスマン帝国衰退の原因の一つとなった女人の統治

16世紀後半から17世紀半ばにかけてのオスマン帝国は「女人の統治」と呼ばれ、ハレムの女性たちが宮廷内外の諸勢力を結託し、国政に干渉した特異な時代として知られています。この流れをつくったのは、スレイマン1世の皇妃ヒュッレムでした。

その後、第14代アフメト1世の愛妃キョセムは、息子の17代スルタンのムラト4世の幼少時に事実上国政をとり、彼女の執政時の大宰相は次々に交替し財政も悪化しました。これに対して、ムラト4世は断固とした態度で財政や帝国の威権の再建に取り組み、功をおさめました。

しかし、彼が若くして亡くなった後、弟で精神に異常のあったイブラヒムが即位すると、母キョセムは再び国政を牛耳り、権勢を振るいました。次のスルタン、メフメト4世は国事よりも狩りに熱中して「狩人(アヴジュ)」と呼ばれるほどでした。

祖母にあたるキョセムは彼の母に当るトゥルハンと猛烈な闘争を後宮で繰広げた末に絞殺されました。その後はトゥルハンが母后(ヴァリデ・スルタン)として、しばらくの間政治を執りました。このようにして、政治におけるスルタンの存在感が薄れはじめ官僚の腐敗が進行し、オスマン帝国衰退の原因の一つになりました。

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ハレムで権力を持った女性たち


前述しましたスルタン・メフメト4世の母トゥルハンは、政治にも建築にも権力を発揮し、ハレムでの女人統治の頂点を極めたヴァーリデ・スルタン(母后)として知られています。

トゥルハンは初めからオスマン帝国のハレムで権力を持っていたわけではなく、権力を持つまでの彼女の人生はむしろ波乱万丈なものでした。トゥルハンは1627年に現在のウクライナで王子の娘として生まれました。

しかし、12歳のときに兄弟とともにタタールに連れ去られ、奴隷としてクリミア・ハン国からオスマン宮廷に献上されたのです。彼女を奴隷として引き受けたのは、オスマン帝国18代スルタン・イブラヒムの母であるキョセム妃でした。

キョセム妃は当時ハレムで権力を握っていた母后です。キョセム妃は、自分の息子イブラヒムの血を後のスルタンに継がせるべく、奴隷トゥルハンをイブラヒムに娶らせ、トゥルハンにメフメトを産ませました。そして、彼が後のメフメト4世となります。

イブラヒムが失脚すると、メフメト4世がスルタンの位に就きました。ついにトゥルハンが母皇后としてハレムで権力を握る日がきたように思われましたが、キョセムは自らの権力を振るうことをやめようとはしませんでした。そして、キョセムとトゥルハンの権力闘争が始まりました。

ハレム内での争いを好まなかったトゥルハンは、黒人宦官長や大宰相に助けをうまく借りて徐々に地位を確立していき、数年後にキョセムが亡くなると、トゥルハンは完全にハレム支配の権力を手に入れました。

トゥルハンは、息子メフメト4世の信頼を受けてオスマン帝国の政治に大いに介入しました。メフメト4世自身も母を共同支配者と認めるほどで、トゥルハンは国政を運営するのにスルタンと同等の権力を与えられた帝国史上唯一の母皇后となりました。

エジプシャンバザール
政治面以外では、イスタンブールにおける建築の面でも権力を発揮しました。その最も有名なものが、メフメト3世の頃から建設工事が滞っていたモスク「イェニ・ジャーミィ」を完成させたこと、そのモスク周辺にバザールを造らせたことです。このバザールは、現在「エジプシャン・バザール」として知られており、イスタンブール観光には欠かすことができない場所になっています。

ハレムでスルタンや大宰相の権力を操って国政に関与したトゥルハンは、オスマン帝国のハレムにおける女人政治の頂点を極めた女性であり、今日私たちが見ても分かるように、帝都イスタンブールにその権力の爪痕を残した女性です。トゥルハンは、1683年に死去しました。権力を持っていた最後の母后であり、彼女の死は母后の時代の終焉を意味していました。

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ハレムで重要な役割を担った宦官たち

ハレム 黒人宦官の住居
ハレムは女性だけの居室ですが、スルタン以外に入れる男性に宦官(宮廷や貴族の家に仕えた去勢された男性)がおり、彼らはハレム内で重要な役割を担っていました。

黒人宦官

ハレムの監督者は、ヌビア(現在のエジプト南部~スーダンあたり)生まれの黒人奴隷から形成される宦官達でした。ハレムで暮らす女性達の世話や外部との通信交渉も担い、官長は、「至福の家の長」や「娘達の長(クズラル・アース)」と呼ばれ、16世紀以降は白人宦官にとってかわり内廷とハレムの全体の長となりました。

ハレムでの影響力が増していくと、黒人宦官長は、表の最高権力者の大宰相と並んで、裏の最高権力者となりました。

白人宦官

宮廷内で男性の居場所である内廷の職員は、白人宦官でした。彼らは、内廷でスルタンに奉仕し小姓らを監督、訓練しました。その長は、「至福の門の長」と言われ、トプカプ宮殿内の「至福の門」の守りを最大の任務とし、全内廷の長として16世紀末まではハレムも支配していました。

 
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ハレムを舞台にした大ヒットドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」

世界中で大ヒットしたドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」は、16世紀にオスマン帝国を長きに渡り支配し、最盛期に導いた第10代皇帝スレイマンとハレムで皇帝の寵愛を受けて皇妃にまで上り詰めた美女アレクサンドラ(後のヒュッレム)を中心に、ハレムで暮らす女性たちの皇帝の寵愛を巡る熾烈な争い、嫉妬や欲望、愛が渦巻く宮廷物語のドラマです。

4シーズン全312話という壮大なスケールを圧倒的な迫力と豪華絢爛な映像美で描き、舞台となったオスマン帝国のハレムは一躍有名になりました。トルコ版「大奥」ともいえる超大作で、ドロドロのストーリー展開にハマる人が続出しました。しかし、史実をもとにしたドラマであり、あくまでフィクションですので史実とは異なる部分もあります。

主人公・スレイマン1世はどんな人物?

スレイマン1世
「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」に登場するスレイマン1世はドラマの中では道楽好きで女性からの誘惑に弱い人物として描かれていますが、史実はその反対でハレムではなく戦場において一生を過ごしました。46年の長期にわたる在位の中で13回もの対外遠征を行い、数多くの軍事的成功を収めてオスマン帝国を最盛期に導きました。

「ドラマの演出は皇帝だけでなく歴史家への侮辱である」という声も一部から上がっていますが、歴史もののテレビドラマは放送局と制作会社が視聴者の趣向に合わせて制作する娯楽作品のため、史実通りのドキュメンタリーではないことを理解して楽しみましょう。

ちなみに、皇帝スレイマン役は、トルコ人俳優ハリット・エルゲンチュさんがシリーズを通して、即位から崩御までを演じました。ドラマで皇帝スレイマンと並び重点を置いて描かれるヒュッレム役はトルコとドイツのハーフ女優メルイェム・ウゼルリさんが演じ、このドラマの大ヒットと共に一気にスターダムにのし上がりました。

スレイマン1世の寵愛を受けたヒュッレム

女奴隷としてハレムに入り、スレイマン1世の寵愛を受けた魔性の女性ヒュッレムは、それまでのオスマン帝国の慣習を破ってスレイマン1世との間に複数の男子をもうけ、法的な婚姻関係を結び、事実上の一夫一妻の関係を築きました。15世紀までオスマン帝国の皇帝たちは、近隣諸国の王族と政略結婚をすることはありましたが、ハレムの女奴隷と正式に結婚した例は皆無でした。

歴史上はヒュッレムの名前で呼ばれていますが、本名はアレクサンドラ・アナスタシア・リソフスカといいます。ヨーロッパではロクセラーナと呼ばれることも多いです。ヒュッレムは「陽気な、快活な」という意味を持ち、ハレムに入る時に与えられた新たな名前です。

また、ヒュッレム妃の活躍の場はハレムだけではありませんでした。彼女は慈善財団をつくり、メッカからエルサレムまでの公共建造物の多くに携わりました。その一つとして有名なのが「アヤソフィア・ヒュッレム・スルタン・ハマム」です。これは、イスタンブールを代表する観光スポットとなっているアヤソフィアの前にあり、入浴すると伝統的なオスマン帝国のハマムの雰囲気を堪能できます。

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1558年にトプカプ宮殿内で死去したヒュッレムの棺は、スレイマン1世の命によって造られた、オスマン建築最高作の一つといわれる「スレイマニエモスク」の敷地内にある霊廟に安置されています。

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新・オスマン帝国外伝 影の女帝キョセム

世界中で大ヒットしたドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」の続編として、「新・オスマン帝国外伝 影の女帝キョセム」が2021年8月から日本でもケーブルテレビで放送が開始されました。物語の舞台は、オスマン帝国第10代皇帝スレイマンの崩御から24年後の17世紀初頭の宮廷です。

主人公は、スレイマンの玄孫にあたる第14代皇帝アフメト1世の妻となり、後に母后として絶大な権力を握ったキョセムという女性です。前作のヒュッレムと同様に奴隷としてオスマン帝国にやってきた彼女は、いかにして陰謀渦巻くハレムで生き残り、権力を手に入れていったのかが描かれます。

オスマン帝国のハレムは現在人気の観光名所に!

トプカプ宮殿 ハレム
オスマン帝国のハレムがあるトプカプ宮殿は、アヤソフィアやスレイマニエモスクなどと同じく「イスタンブールの歴史地区」として世界遺産に登録されている代表的な建造物で、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の皇帝が居住した宮殿です。メフメト2世によって1467年に建てられました。

宮殿ときくと一つの大きな建物を連想する方も多いと思いますが、「トプカプ宮殿」という建物はなく「ハレム」や「議会場」「宝物館」など、敷地内に20箇所以上点在する観光スポットに庭やテラスまでを加えた敷地全体を「トプカプ宮殿」と呼んでいます。

トプカプ宮殿の一番の見どころといえるのは、「ハレム」です。入場するには通常のチケットに加えて、別途ハレム用のチケットを買う必要があります。ハレム内には大小合わせて400もの部屋や中庭がありますが、これは歴代のスルタンが増改築を繰り返したためです。

ハレム内で公開されているのはごく一部ですが、スルタンの母の部屋やドーム天井のホールなど、スルタンが寛いだ場所を見学することが出来ます。ハレム内部の床から天井、壁に至るまで「イズニックタイル」と呼ばれる発色の美しいタイルが使用されています。

宮殿内でも一番の見どころは常に行列ができる「宝物館」です。オスマン帝国の皇帝たちがコレクションした財宝の数々を展示している宝物館には「スプーン職人のダイヤモンド」と呼ばれる86カラットのダイヤや3つの巨大なエメラルドが輝く「トプカプの短刀」など沢山のお宝を見学する事ができます。なお、現在は修復工事により閉鎖されています。

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現代におけるハレム(ハーレム)の意味

「ハーレム」には、男性一人を多数の女性が取り巻く状況という意味があります。語源は、トルコの女性だけの居室ハレムと同じものです。イスラム教の「男性が侵入することができないスペース」という意味が、西洋に入ってから誤認されてしまったことによってこの意味が生まれたそうです。

もともと皇帝や宦官などの限られた男性しか入ることのできない居住スペースだったものが、官能的な空間という意味で捉えられてしまったようです。また、ハレム文化はヨーロッパのオリエンタリズムの画家たちを惹きつけ、ドミニク・アングルの『グランド・オダリスク』に代表されるように多くの絵画で描かれました。

創作のジャンルとしてのハーレム

「ハーレムもの」は、一人の男性に対して多数の女性がいるハーレム形式作品の漫画やドラマのジャンルです。主人公である男性キャラクターに対して多数の女性キャラクターが登場し、主人公の男性に好意を抱くという設定が多いです。古くから詩劇や物語において登場人物が特定の性別に大きく片寄る傾向はあります。

また、女性主人公を魅力的な多数の男性が取り囲むシチュエーションを「逆ハーレムもの」と呼びます。日本では「ハーレムもの」は創作の一つのジャンルとして確立し、欧米にも逆輸入されています。

人間以外の動物もハーレムを作ることがある

男性一人を多数の女性が取り巻くハーレムの意味から派生して、生物学におけるハーレムは「一夫多妻制のコロニー」という意味を持ちます。コロニーとは、ある地域に定住している生物の集団のことです。生物学では、一匹の雄と複数の雌で構成されている群れを「ハーレム」と表現します。

アザラシの夫婦形式は一雄一雌型のゴマアザラシのような種もいる一方、ミナミゾウアザラシ一夫多妻型でハーレムを作る種もいて多様です。

ニューヨークのハーレムの由来

「ハーレム」は、ニューヨークの地区として有名ですね。ニューヨークのハーレムは、アッパーマンハッタンに位置するマンハッタン最北の地区の一つです、

ニューヨークのハーレムは「Harlem」と表記され、トルコ語の「Harem」とは全く関係がなく、オランダの都市名「ハールレム(Haarlem)」にちなんでオランダ移民が「ニューハーレム(Nieuw Haarlem)」と呼びだしたことがはじまりだと言われています。

アメリカ人の作家ラルフ・エリソンが「アップタウンで黒人が住んでいる所は、全てハーレムさ」と言ったように、ハーレムはアフリカ系アメリカ人が多く住む街としてブラックカルチャーを牽引し、ジャズミュージシャンや作家などのアーティストを数多く生み出してきました。

特に音楽の歴史が知られており、ニューヨークにあるポピュラー音楽において最も有名なクラブ「アポロシアター」があり、観光名所の一つとなっています。

オランダのハールレムとは?

ニューヨークのハーレムの名前の由来となった、オランダのハールレム(Haarlem)は、首都アムステルダムから約20キロ西に位置し、電車を使って20分程で行けるので日帰りの観光地としても人気があります。

17世紀頃から球根栽培が行われていた歴史のある町で、街中でチューリプやヒヤシンスなどの花を見る事が出来ます。「花の街」という別名もあり、春には花にちなんだお祭りも開催され、多くの人が訪れます。

 
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