トルコ旅行に行きたい・トルコツアーに参加したい・トルコ観光を満喫したいならターキッシュエア&トラベル | イスタンブール、ボスフォラス海峡

JATA
観光庁長官登録旅行業第1997号
日本旅行業協会 正会員
東京商工会議所 会員
トルコ旅行ガイド

イスタンブール、ボスフォラス海峡


ボスフォラス海峡はマルマラ海に流れ込む黒海の支涜であると言える。長さ31・7km、最も狭い地点の幅660m、最も幅の広い地点で4.7km、平均水深は70mでまるでアジア大陸とヨーロッパ大陸の中間に位置する夢想郷の様である。

ボスフォラス海峡旅行・ツアー

 海峡をボスフォラス、つまり〈雌牛の通り道〉と呼ぶのは次の様な神話に由来している。ゼウスの妻へラは夫のお気に入りである若い娘イオを大変嫉妬していた。ゼウスはイオを守る為、彼女の姿を牛に変えたが、これを脅す目的でへラが蜂をけしかけたので雌牛のイオは逃れようと突進し、その跡が海峡になったと言う。

ボスフォラス海峡はマルマラ海に流れ込む黒海の支涜であると言える。
長さ31・7km、最も狭い地点の幅660m、最も幅の広い地点で4.7km、平均水深は70mで、海峡の表面を黒海からマルマラ海に涜れる海流と、もう少し深い所を、逆にマルマラ海から黒海に向かってより穏やかに涜れる塩分濃度の高い海流と、流れは複雑である。両沿岸には港や湾があり、糸杉やスズカケの木、もくれん等、針葉樹、広葉樹の中に見え隠れする宮殿や別荘の織り成す風景は、まるでアジア大陸とヨーロッパ大陸の中間に位置する夢想郷の様である。


★ボスフォラス沿岸の要塞

〔ルーメリ・ヒサル〕
征服王メフメット2世が1452年に海峡の最も狭くなったヨーロッパ側地点に造ったこの要塞は、10,000人の労働者達が4ケ月で完成させたものである。建築の目的はトルコ軍が当地を包囲攻撃する間、ビザンチン帝国のコンスタンチノープルがジェノア貿易の中心地であるクリミアから何の援助品も受けられない様に海峡を監視する事にあった。頑強な壁に取り囲まれ、3つの塔と13の小さい塔から成る当時の要塞は、かつてイェニチェリのモスクがあった場所に今日野外ステージが設けられ、夏には様々な催し物が開催されている。


〔アナドル・ヒサル〕
14世紀の末にべヤズィット1世がアジア側に建てたこの要塞は、征服王メフメット2世によって1452年に拡張され、ルーメリ・ヒサルと共に海峡封鎖の為に利用された。


〔皇子達の島〕(Adalar)
イスタンブール沖19~28km、マルマラ海の南東に浮かぶ美しい島々にはシルケジからフェリーが出ている。人の住む4つの島と5つの無人島から成り、フェリーは有人島にのみ停泊する。古代に於いてこれらは〈人々の島〉と呼ばれ、ビザンチン時代になると島に造られた多くの修道院から、〈僧侶達の島〉と呼ばれる様になった。岩の鉄錆びの色からトルコ人等は〈赤の島〉(Kızıl Adalar)と呼称してもいる。海水浴場として市民の憩いの場となったのは今から僅か1世紀程の事で、以前は僧侶と漁師が住むだけの場であった。イスタンブールに近い事とフェリーで連結が取れる事から皇子達の島は今日非常に人気のあるリゾート地の一つに数えられている。
    ページの先頭へ トップページへ