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JATA
観光庁長官登録旅行業第1997号
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トルコ旅行ガイド

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イズミルはオスマン帝国の諸都市の中でもイスタンブルやテッサロニキに並ぶ文化と商業の中心地となり、干しブドウ、種なしブドウ、アーモンド、ファエトン(馬車)、国際見本市、オーデコロン、“ゴールドドロップ”、ナルギレ(水パイプ)で有名になる。
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イズミルはトルコで7つに分かれている地方区分のエーゲ海地方に属する。穏やかな気候に恵まれ、輝かしい歴史を背景に現在は観光の中心地となっている。そして古代エーゲ海地域を結ぶ陸海空の交通の要地でもある。

『キプロス王キニラスの妻にはスミルナという名の美しい娘がいた。美の女神アフロディテよりも美しいとあからさまに自慢していたので、これは大層女神を苛立たせた。怒った女神はスミルナを実の父キニラスと交じわらせることにした。スミルナの乳母が王に酒を注ぎ酔わせ、その隙に彼女は王の寝床へと忍び込んだ。暫くして酔いのまどろみから目覚めた王は剣を抜き、城から逃げるスミルナを町外れまで追いかけた。そして追い詰めた娘を自らの剣で殺してしまった。これを見ていたアフロディテは娘を大変気の毒に思い、彼女をミルラの木に変えた。時は経ち子孫に引き継がれた王の剣でこのミルラの木を立ち割ってみると中からアドニスカベ転がり落ちて来た。こうしてアドニスが生まれたということだ』

アリステデス、ストラボ、プリニーパウサニアスなどの古代の有名な旅行家の記述によると、イズミルはBC1450年頃現在の町の北東にあるマニサ(古代名スピロス)の王タンクルスによって建設されたという。またそれとは別にアマゾン族によって作られたという伝説も残されている。ただひとつだけはっきりしている事は、イズミルの町の名の語源はギリシャ語源ではなく土地の方言から由来しているものらしい。


歴史
1948年にアテネの英国考古学協会により始められた発掘調査はその後1960年にトルコ歴史協会のエクレム・アクルガル教授に引き継がれ、バイラクルで青銅時代(BC3500-1000)の居住地跡が発見された。この遺跡の初期の地層は、トロイ第Ⅱ市と同時代のものと断定されている。この居住地跡がスムルナ(古代名スミルナ)である。

BC11世紀、スミルナの沿岸諸都市にはイオニア人とアイオリス人が住んでいた。

BC8世紀のものと推定される泥煉瓦製の城壁があることから、当時のイズミルには既に町の形態が出来上がっていたと考えられる。 BC725-700年にかけて建てられたとされるアテナ神殿はオリエント的な古代ギリシャ様式建築の最も代表的な例であり、ここで発見された中庭と5つの部屋を待つ二階建てのギリシャ式住宅は最古のものとされている。またスミルナには古代ギリシャ時代の最古の舗装道路(丸石を敷きつめたもの)やヤマンラル山にあるタンタロス王(トロス)の最古の円形墳墓が残されている。

BC8~7世紀にこの地方はフリギア人とリディア人に占領された。この時破壊された町はその後6世紀にペルシャ人により攻略され再び崩壊した。 BC333年にはアレキサンダー大王の支配下に置かれた。町はもはや古代の城壁内には収まりきれなくなり、現在カディフェカレとして知られるパゴス山に新しい城壁が築かれた。BC1世紀までには町は更に港付近まで拡張された。

BC288年、町はペルガモン王の支配を受けるようになり、またBC133年にはアッタロス王の遺言に従って町はそっくりローマ皇帝に寄贈された。


AD7世紀、アラブ人の攻撃を受けた町は9世紀までには造船所が建設されビザンティンの海軍基地となった。ニカエア帝(1204-1260)の時代には国際貿易港として重要な位置を占めるようになった。

11世紀末この地域は初めてトルコ人のクタルムシュオウル・スレイマン・シャフに侵略された。そして1426年にはオスマン帝国に統合された。

海岸の要塞は1472年のベネチア人の攻撃の後、征服王メフメットにより再建された。18世紀には最初の宋栽維工場が、19世紀には製紙工場が開業した。

1919年5月15日、ギリシャからの独立を求めトルコ国民が蜂起した。1922年の開放開争で町の3分の1が炎上した。共和国宣言の後、数年間は町の工業化・都市化に力が注がれたが、その結果環境破壊が進んだ。イズミルで昔の面影を残していた旧市街も今日急激に変わりつつある。しかし一歩町の中に入れば古いモスクやユダヤ教会、キリスト教会のみならず壮麗なレヴァンティン邸やオスマン様式の旧家、路地裏の張出窓のある民家などまだまだ多くの見所を残しているのである。


20世紀初頭、イズミルはオスマン帝国の諸都市の中でもイスタンブルやテッサロニキに並ぶ文化と商業の中心地となり、干しブドウ、種なしブドウ、アーモンド、ファエトン(馬車)、国際見本市、オーデコロン、“ゴールドドロップ”、ナルギレ(水パイプ)で有名になる。前世紀末に20万人の人口は現在300万人に膨れ上がっている。タバコやブドウ、イチジク、オリーブ、オリーブ油などの主要農産物と共に、綿や繊維製品は世界中の国々に輸出されている。現在イズミルはトルコの最大輪出港として重要な役割を担っている。

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