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トルコ旅行ガイド

イスタンブル、グランド・バザール


合計30ヘクタールに広がるグランド・バザールの中には、80の通りや横道が走り、3,500の店が犇めく様に軒を並べ、これらで働く人口、約15,000人、とある。18ケ所に設けられた入り口の中で、最も重要なヌールオスマーニエ門(正門)の破風上には、本と銃、旗をモチーフにしたプレートがはめ込まれている。

グランド・バザール

 グランドバザール無しのイスタンブール観光は片手落ちである。
何千もの店で売られる品々は、特に西洋からの旅行者達には非常にエキゾチックで珍しい物であるに違いない。
時代とともにグランドバザールも、今から100年前のオリエンタル風な雰囲気から少しずつ遠ざかりつつあるとはいえ、やはり外すことのできない観光スポットである。 

ビザンチン時代に市がたった空き地の上にオスマン民族の征服後まもなく征服王メフメットがたてさせたサンダルの商館とジェヴァヒルの商館が現在のバザールの核である。今でもこれらは正面口からバザールに入って間もなく右手、階段を降りた場所にあり、当時を偲ばせるドームやアーチの下で、商いを営んでいる。オスマン帝国時代の地震や火災の後、修改築される毎に少しずつ拡大されたグランドバザールが現在の規模と外観を得たのは前世紀のことである。合計30ヘクタールに広がるバザールの中には、80の通りや横道が走り、3,500の店が犇めく様に軒を並べ、これらで働く人口、約15,000人、とある。18ケ所に設けられた入り口の中で、最も重要なヌールオスマーニエ門(正門)の破風上には、本と銃、旗をモチーフにしたプレートがはめ込まれている。また、アブドゥルハミットⅡ世の花押と〈アラーは商人を愛したもうたり〉と記されたベヤズイット門も利用者が多い。バザールには7ケ所の泉と1ケ所の井戸、モスクと12ケ所の礼拝場も設置されている。 
オスマン帝国時代、バザールはただ単に買い物や商取引の行われる場でなく、加えて、都市の経済を支えて、これを組織立てする中心的役割をも担っていた。所謂、現在の証券取引所や銀行に類した事業を担当していたわけであるが、東洋のバザールの先駆者として模範を成していたといえる。

職種毎に区域を形成している為に、内部の通りにはそこに集まる店の商品によって、香辛料、布、革、木材の匂いが漂っている。
因に、19世紀半ばまで、バザールでは奴隷の売買も行われており、また、ロシア革命を逃れてトルコにやって来た人々が、その際に持ち出した王朝に属する貴重な骨董品もここで売りにだされていた。その当時、まだ貴重品であったヨーロッパからの輪入物のベッドリネンやレースに目をつけて、これを売り出したのも、ここグランドバザールの商人達であった。
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