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トルコ旅行・ツアーブログ|トルコツアー旅行記

王様の耳はロバの耳は実在したトルコの王様が元ネタ!あらすじや歴史を解説


「王様の耳はロバの耳」の話はよく知られていますね。子供の頃イソップ物語で誰もが読んだことがあるこの有名なお話。元はギリシャ神話に出てくる古代アナトリア(現在のトルコ)にあったフリギア王国のミダス王のお話なのです!

実はイソップ物語自体トルコと深い所縁があることは、なかなか皆さんご存じ無いのではないでしょうか。ここでは「王様の耳はロバの耳」という話がなぜ誕生したのか、その歴史を紐解きながら、元ネタとなったミダス王や原作のイソップ物語の起源などを徹底解説します!

「王様の耳はロバの耳」のあらすじ

ゴルディオン ミダス帝あるとき、ふたりの神様、パン(パーン)とアポロンが音楽のことで腕比べをしていました。パンは笛、アポロンはハープの名手。どちらも自分が一番と言って譲りません。

そこでふたりは王様ミダス帝にどちらが上手か判定を求めます。ミダス帝が軍配を上げたのはパン。怒ったアポロンは「耳がよく聞こえないのだろう。耳を大きくしてやる」とミダス帝の耳をびゅーんと伸ばしてロバの耳にしてしまいます。

さて、ミダス帝は長い耳が恥ずかしくて、帽子で隠します。だれにも見せられないと悩みましたが、長く伸びた髪をいつまでもそのままにしておけません。床屋を呼び「他人にもらしたら首をちょんぎるぞ」と脅して調髪してもらいます。

ところが床屋は見たことを言いたくて仕方がありません。そこで古井戸に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫んでしまいます。その声が町中に響き渡り、みんなが知ることになってしまいました。

皆にロバの耳のことが知られてしまうと、王様は「この大きな耳はみんなの意見をよく聞くためにある」と正直に話しました。また王様は秘密を叫んだ床屋を殺そうとしましたが、アポロンも自分を殺さなかったのだからと、王様も床屋を許してあげます。アポロンはそれを見て、「お前のその寛大な心に感銘を受けた。お前の耳を元に戻してやろう」と王様の耳がもとに戻りました。

王様の耳はロバの耳の原作・元ネタは?

「王様の耳はロバの耳」はイソップ寓話(イソップ童話)の一つですが、その大元はギリシャ神話に登場するフリギア王国の王様ミダス(ミダース)帝の逸話です。フリギアはかつてアナトリア(現在のトルコ周辺)に実在した古代王国です。王様の耳はロバの耳は、もとはギリシャ神話として伝わっていますが、発祥は実はトルコなのです。

王様の耳はロバの耳のあらすじやオチはバリエーション豊富!

私は子どものころ、「王様の耳はロバの耳」の話を祖母から聞かされました。中には「自分が知ってる物語とは違う!」という人もいらっしゃるかと思いますが、イソップ物語は中世のヨーロッパでさまざま時代を経て、その時代に合わせた教訓などを組み込まれて作り出されたものなので、多様な形の物語が出来上がっています。
日本で童話や絵本として広く知られているストーリーでは、ギリシャ神話にあるパン・アポロンとミダス帝のエピソードは描かれないことが多いようです。他にも、以下のように細かい部分で無数のバリエーションが存在します。

  • 床屋が王様の秘密をもらさないように我慢していたせいで病気になってしまう
  • 我慢できなくなった床屋が「王様の耳はロバの耳ー!」と叫んだ古井戸は町中の井戸とつながっており、秘密が知れ渡ってしまった
  • 床屋が自分で掘った穴に向かって王様の秘密を叫ぶと、そこから生えた葦から「王様の耳はロバの耳ー!」という声が聞こえるようになる
  • 床屋が秘密を叫んだ穴から木が生えてきて、羊飼いがその枝で作った笛を吹くと「王様の耳はロバの耳ー!」と鳴る
  • 噂が広まったことで逆に隠す必要がなくなって助かったと言って王様が床屋に褒美を取らせる

「王様の耳はロバの耳」のお話の意味とは?

最初にご紹介した王様の耳はロバの耳の結末は、「最終的に床屋を許した王様の寛大さを認めてアポロンが王様の耳をもとに戻してあげる」というもの。人に対して寛大な心を持つという教訓、また真実を言う勇気が必要であるという教訓を説いたおとぎ話となっています。

上記のようにこの他にも多彩なバリエーションがありますが、いずれも現在にも通じるような学びを与えてくれる教訓めいた内容になっていることが、王様の耳はロバの耳という物語が長きにわたって愛される理由の一つなのでしょう。

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劇団四季の人気ミュージカルにもなっている

王様の耳はロバの耳は、劇やミュージカルの題材としてもよく取り上げられます。中でも有名なのは、劇団四季による子供向けのミュージカルです。「言葉の錬金術師」こと寺山修司作で、1965年の初演以来長きにわたって愛される人気公演となっています。

子供向けにアレンジが加えられており、「真実を見きわめる目を持つこと」「本当のことを言う勇気」「間違いを素直に認める心」の大切さを教えてくれる、より教訓めいた内容といえるでしょう。

ミダス王は「王様の耳はロバの耳」と口にした床屋を皆牢屋に入れてしまう乱暴な王様として描かれ、唯一秘密を知っても帰してもらえた床屋は思い悩んだ末に森に秘密を打ち明けるなど、原作とは大きく異なる展開になっています。

王様の耳はロバの耳につながる「触れるもの全てを金に変えるミダス王」Golden Touch のお話

フリギア
フリギア王国はとても裕福な王国で、その王国を治めるミダス王も黄金を愛する王でした。そんなある日、酒と富の神であるディオニソスと師シレヌスがフリギア王国を旅している途中に、ミダス王のバラ園でシレヌスが迷子になってしまいます。

ミダス王はディオニソスにシレヌスを無事届けると、ディオニソスはお礼にミダス王にどんな望みでも叶えてあげると提案します。黄金を愛するミダス王は「では自分が触れるものすべてを黄金に変えてほしい」といいます。

ディオニソスはそれを叶え、ミダス王は触れるもの全てを黄金に変えられるようになりました。しかし食事を取りたくても、食べ物に触ると黄金に変わってしまい、このままでは餓死してしまうと富よりも大切なことに気が付き、後悔したミダス王は、「もう、この望みを解いてくれ。望むものはこれではないことがわかった」と再度ディオニソスに頼みます。

優しいディオニソスはその願いを受け入れ「パクトロス川に行って、そこで身体を清め、過ちを改めたまえ」と元に戻します。それ以来、ミダス王は富を嫌い自然を愛するようになり、農牧の神パンを崇拝するようになったと言われています。それで、パンとアポロンが音楽で腕比べした際にパンに勝利を上げたのでしょう。ちなみに、身を清めたパクトロス川では砂金がとれていたと言います。

王様の耳は本当にロバの耳だったのか?!

アンカラのアナトリア文明博物館には、フリギア王国の首都ゴルディオンで発掘されたミダス王の頭蓋骨と副葬品が収められています。トルコに行った際は、その耳が長いかどうかを是非ご自分の目で確かめてください。

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イソップ物語原作者はアナトリア出身

フリギア
イソップ物語の元になっている寓話の作者は紀元前6世紀アナトリア(現在のトルコ周辺)出身のアイソーポスだと言われています。イソップはアイソーポスの英語読みです。

アイソーポスは奴隷でしたが、語りに秀でていたため奴隷の身分から解放され、その後に寓話を語り回ったとされています。アイソーポスの寓話を集めた物がイソップ物語です。

彼は多くの寓話を残しており、フリギアのミダス王の「王様の耳はロバの耳」など彼の出身地古代アナトリアの話や、古代メソポタミアの話なども多く含まれているようです。

現在のイソップ物語は中世ヨーロッパのキリスト教の世界で訳された物なので、他の話も付けたされたり、ただの娯楽的な寓話で終わらず、道徳や教訓を示す形でまとめられていたりします。

イソップ物語が実は古代アナトリア出身の人が作ったお話だったことを知って頂いた上で、また違った視点でイソップ物語を楽しんでみてください。

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ロバの耳の王様ミダス(ミダース)のいたフリギア王国とは?

フリギア
フリギア(フリュギア)王国は伝説上の都市ではなく、紀元前12世紀から同7世紀にかけて栄えた、アナトリア中西部の古代王国です。首都はアンカラから西へ約100キロの場所にあるゴルディオンという町でした。

フリギア人は元々ヨーロッパ南東マケドニア近辺トラキア地方のヨーロッパ系の民族で、紀元前12世紀頃ヒッタイトが滅亡する頃にアナトリアに侵入して定着しました。

ヒッタイト滅亡後にアナトリアで力を持った民族となり、紀元前750年頃に少し内陸のサンガリオス川(現サカリヤ川)の畔に都市を建設し、最初の王ゴルディオスにちなんで、このフリギア王国の首都はゴルディオンと名付けられました。

2代目のミダス王の治世である紀元前725~695年頃に繁栄し強国になった事で中央アナトリアから南東アナトリアまで支配したと言われています。このミダス王こそがフリギア王国で最も有名で最も知られている王であります。

同年代のアッシリア王サルゴン2世の年代記では、“ムシュキ(Mushki)のミタ(Mita)”という記録があり、これがミダス王に当たるとされています。尚、このアッシリア王サルゴン2世は、ミタ(ミダス王)を脅威とみなし、紀元前709年に同盟を結んでいることも分かっています。

フリギア王国のゴルディオンは、コーカサス地方から急速にアナトリアに進出したキンメリア人の襲撃により紀元前696年に破壊され、ミダス王も死を遂げました。神話によると、襲撃では生き延びましましたが破壊されたゴルディオンを歩き回った後、牡牛の血を飲んで自殺をしたと言われています。

フリギアはその後、一つの小さな君侯国としてリディアに属しました。その後は、メディア、アケメネス朝ペルシア、ヘレニズム世界、ローマ帝国と支配が代りながら1453年のビザンツ帝国の崩壊までフリギアの名は残りました。

ちなみに、フリギア人は独自の文化を持っており、多神教でフリギアの山岳地帯では地母神キベレを、生と再生の神アッティス、豊穣神サバジオス等を信仰していました。

フリギアは木馬で有名なトロイとも関係が深い

ホメロスが書いた「イーリアス」でもフリギアは頻繁に出てきます。フリギアは西のトロイとも深く関係があったようで、フリギアがアマゾネスの襲撃に在った際、トロイから援軍が送られ、またトロイ戦争の際はフリギアがトロイに援軍を送りました。

尚、あのトロイ戦争で有名なトロイの王子パリスとヘクトルの母親、トロイ王プリアモスの妃であるヘカベーはフリギア出身です!

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フリギア王国の首都ゴルディオン

ゴルディオン
フリギア王国の首都ゴルディオンは現在のトルコ共和国の首都アンカラの西の県境近く、アンカラ市内から約94㎞の場所にあります。ポラットル(Polatlı)郡ヤッスホユック(Yassıhöyük)村にあるゴルディオンには王族の物とみられる古墳の様な墓が128もつ存在し、その中で一番大きな丘状の古墳がミダス王の墓で、ここからミダス王の頭蓋骨と副葬品が見つかっています。

ゴルディオン遺跡で見られる長方形の構造で泥煉瓦と木で造られた建物は、「メガロン」と呼ばれます。

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「ゴルディアスの結び目」の伝説

ゴルディオンに関する伝説も紹介します。

この町の王を決めるに当たり、テルメッソスの神サバジオスに次の王に関して神託を仰ぐと、「藁を積んだ牛車に乗りこの都市にやってくる者がフリギアの王になる」という神託がくだります。

これを聞いた市民は、眠らずに夜を過ごすと、ある農民が藁を売るために牛車で街にやってきたのです。そう、この人物がミダス王の父であり、首都ゴルディオンの名の由来になったゴルディオス王と言われています。

市民は予言通りになった事で、この農民ゴルディアスを王にします。ゴルディアスは王になり都ゴルディオンを建設した後、乗ってきた牛車を町の中で一番重要な神殿に納め、牛車を解くことの不可能な結び目で柱に繋ぎ、「この結び目を解いた者がアジアを制するだろう」と大衆に言います。

その後、この結び目は「ゴルディアスの結び目」と呼ばれるようになり、結び目を解こうと何人もの人たちが挑みましたが、決して解けることがありませんでした。

数百年もの間、誰も解けなかったこの「ゴルディアスの結び目」ですが、幼い頃から世界の支配者になることを夢見ていたマケドニア王アレクサンドロス3世(アレクサンドロス大王)も、予言を聞いた後、紀元前333年の東方遠征の際にゴルディオンに訪れて挑みます。しかし、やはり解くことができませんでした。

しびれを切らした大王は、剣を用いてその結び目を一刀両断にスパっと断ち、結び目はいとも簡単に解かれてしまいました。ちょうどその時空には雷鳴がとどろき、これを、「結び目をついに解いたアレクサンドロス大王に対するゼウス神からの祝福である」、と高らかに謳ったとされています。

予言通りにアレクサンダー大王は遠征先で勝利を重ね、ついにはアジアを制することとなりました。この頃の「アジア」が意味する場所は、現在のトルコが位置するアナトリア地方であったと言われています。

最終的にアレキサンダー大王はインダス川流域まで征服し、アナトリアを中心とした広大な土地を手にしたことは歴史上の真実として残されています。

この伝説をもとにして、手に負えないような難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決しまうことを「難題を一刀両断に解くが如く」(英: To Cut The Gordian Knot )と言うようになりました。

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名称 ゴルディオン博物館と古墳遺跡観光情報(Gordion Ancient City)
住所 Yassıhüyük, Yassıhöyük Köyü, 06900 Polatlı/Ankara
住営業時間所 08:30~17:30
※最終入場時間は閉館時間の30分前
※砂糖祭り及び犠牲祭の初日は13:00より開館
定休日 無し
入場料金 10 TL
ウェブサイト https://muze.gov.tr/


 
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