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トルコツアーガイド

ギョレメ国立公園・野外博物館の洞窟教会は必見!カッパドキア観光のハイライト


ギョレメ国立公園とは?

カッパドキア ギョレメ 国立公園 野外博物館
トルコにある「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群」は1985年にユネスコ世界遺産に登録されています。アナトリア高原の火山活動によってできた類まれな奇岩群が織りなす絶景と初期キリスト教の貴重な遺跡が点在するカッパドキアにおいて、ギョレメは観光の拠点となる中心エリアです。

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群|ユネスコ世界遺産センター

ギョレメの意味

「ギョレメ(Göreme)」とは、“見えない・見てはいけない”を意味する言葉です。ギョレメ国立公園・野外博物館には、キリスト教がイスラム教の迫害から逃れるために作った教会や住居、修道院が多数残されています。

ギョレメの場所・アクセス

日本からカッパドキアまでの直行便はないため、トルコ最大の都市であるイスタンブールを経由することになります。バスを利用すると11時間以上かかるため、飛行機の利用がお勧めです。

カッパドキアには空港が2つありますが、観光の中心となるギョレメに近いのは「ネヴシェヒル空港」です。ネヴシェヒル空港からギョレメまでは車で40分ほどで到着します。



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ギョレメの歴史

ギョレメには太古の昔から人が住み着いていましたが、時代が下り、回教徒の迫害を避けたキリスト教徒がその特殊な地形を利用して隠れ住むようになりました。ギョレメに残る最古の洞窟教会は7世紀のものだそうです。しかし、その大半は崩壊してしまっています。

抽象的な装飾しか認められなかった偶像禁止時代(715~843年)もありましたが、宗教芸術はこの地で大変な発達をして「カッパドキア様式」を生み出すに至りました。

教会の建造は11世紀に盛んになりました。四角い平面を平屋根か丸天井で覆い、正面に小さな半円形の後陣部を置く形の教会の建造はこの時代に始まっています。続いて教会の形はそのままで後陣が3つ置かれるようになり、更に4本か8本の円柱で身廊が3分され、中央部が丸屋根で側廊の屋根が平らな形を取るようになりました。

コンスタンティノープルに9~10世紀に移入された新様式は、カッパドキアに11世紀のはじめ頃登場します。これは、ほぼ四角い会堂の中央に4本の円柱が置かれ、床面が低くなっている形で、中央には(時には側廊にも)ドームが置かれ、正面には3つの壁がん式の後陣が設けられていました。

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カッパドキア旅行・観光の案内ビデオ(2分31秒)

この最後の形の教会でも、壁の漆喰が剥がれた下から象徴的な絵画が発見されることがよくあります。動物の絵もそれぞれ意味を持っています。例えば魚はキリストを象徴し(「救いの神の子イエス・キリスト(Iesus Kristos Teou Uios Soter)」の頭文字を集めた「ikutes」がギリシア語で魚を意味したため〉、鳩は聖霊と平和の象徴だったのです。

なお、ギョレメにあるエル・ナザールの谷には「妖精の煙突」側の岸壁に「聖母の教会」があります。また、クルチラルの谷には、壁画はありませんが4柱式の「クルチラルの教会」が残っています。

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ギョレメ野外博物館の洞窟教会|観光の見どころを徹底解説

ギョレメ野外博物館
ギョレメの谷では遠い昔、信仰を共にした共同体の生活が営まれていました。今日、野外博物館として管理されているこの谷の一帯には、独特の形の岩山を掘って造られたキリスト教の修道院が残されています。

共同体を提唱したのはカエサリア(カイセリ)司教の聖バシルでした。彼は時代の浮薄な風潮を逃れて、人里離れたところで広域に分散して修行する小さな宗教共同体を提唱したのでした。

凝灰岩の一本岩を掘り抜いて建てられた教会の数は多く、365の教会が造られたという伝承もありますが、その中で現在も30ほどの教会が公開されています。

むき出しの荒廃した岩山を飾るのは、僅かに換気や採光のための窓や入口の開口部だけです。これは人を避けて信仰生活に専念するためであり、また11世紀頃、ビザンチン帝国領内で熾烈を極めたトルコ人による迫害を逃れるためでもありました。

ギョレメに教会が建てられたのは850年以降で、11世紀頃には内部のフレスコ画が完成しました。都のビザンチン芸術の直接の影響を受けているとはいえ極めて素朴な絵です。

地元の後援者の資金提供で、専門の画家が壁画を描いていることもあり、時には肖像画入りで画家や後援者の名が残されていることもあります。綿密な学術調査によれば、この後援者は地元の有力者達だったことが判明しています。

彼らは時折ここに集まり、大切な商談を行ったそうです。これらの絵は8世紀中頃から9世紀にかけてビザンチン一帯で行われた偶像禁止が解かれた直後に描かれたものが大半です。

カッパドキア ギョレメ
壁画は、共同体がその営みをやめた後も、水が浸透し難く温度差も余りない凝灰岩に守られて、何百年にも渡って鮮やかな色調を保ってきました。

トカル・キリセ(ブローチの教会)

カッパドキア
ギョレメの岩窟教会の中でも最も豊富な連続壁画が残されているのが、このトカル・キリセ(教会)です。トカルとはブローチを意味し、現存しないアーチに描かれていた装飾からその名が付いています。

トカル・キリセの建築様式は、この地域の他の教会とは少し異なっており、メソポタミア方式として知られる横の身廊を備えた様式となっています。もともとひとつの身廊と丸天井を備えた初期の教会(いわゆる旧教会)には見られない中庭も付いています。

創建は9~10世紀と推定され、2部屋を備えています。最初の部屋は丸天井のナルテックス(拝廊)で、「旧教会」と呼ばれています。次の部屋は手前に4本、奥に3本の円柱を置き、正面に後陣式壁がんがあり、更に脇に小さな間を備えたもので、「新教会」と呼ばれています。

教会建造の直後に壁画も描かれ、920年頃には「旧教会」に「キリストの生涯」の連続壁画が描かれています。この素晴らしい壁画は29の場面から構成され、当時としては珍しい「受胎告知」の場面から始まって、「長子虐殺」「ヱジプト逃避行」「洗礼」、数々の「奇跡」、「最後の晩餐」「ゴルゴダの丘」「磔刑」「復活」と続いて「キリスト昇天」で終わります。

「新教会」の壁画はそれから300年後に有名なニケポロスという画家によって描かれています。青地の背景に詳しい説明文が加えられたもので、こちらもキリストの生涯から40のエピソードが選ばれています。旧約聖書や、柱頭行者聖シメオンをはじめとする聖人像やギョレメの共同体を指導した聖バシルの生涯も描かれており、一見の価値があります。

新教会の大きな横の身廊には、三つに分かれた円筒アーチ型の天井もあります。身廊の壁には一連の壁龕があり、それがフレスコ画に深みを与えています。新教会のフレスコ画はビザンティン美術の最高例であり10世紀後半に描かれたものです。

北側後陣に断片的に見られる銘には、
『内陣は、コンスタンティンの息子レオンの寄進により…… ニケフォロス…… 飾られた。これを読むものは彼らのために神に祈るべし、アーメン』
これを読み取ると、コンスタンティンの息子レオンは寄贈者で、ニケフォロスが画家を意味すると考えられます。

新教会の身廊北側の通路は隣の礼拝堂へと続いていましたが、このような通路のいくつかは後になって閉鎖され、フレスコ画が描かれました。

円柱教会

ギョレメ地方屈指の三教会は一般的には「円柱教会」として知られています。
  • エルマル・キリセ(Elmalı Kilise):りんごの教会。
    かつて入ロの傍にりんごの木があったということからこの名で呼ばれるようになりました。
  • カランルク・キリセ(Karanlık Kilise):暗闇の教会。
    礼拝堂の中にほとんど光が入らないことからこの名が付きました。
  • チャルクル・キリセ(Çarıklı Kilise):サンダルの教会。
    フレスコ画の人物がサンダルをはいていることから、あるいは教会の床の二つの窪みが聖人の足跡とみられるからともいわれていることからこの名が付きました。

ギョレメの岩窟教会
これらの三つの教会は11世紀半ば頃に建てられたと言われています。ちょうどビザンティン帝国の東部国境がトルコの侵入に脅かされていた頃で、ビザンティン皇帝の政治力は弱かったがまだ宗教芸術の核心であり、カッパドキアのようにビザンティン側に変わった国にとっては、発想の源であり手本でもありました。

この三つのうち二つの教会には食堂が残っていることから修道院に属する教会であったことが分かります。また、教会を建て内部を飾るための資金を寄進した人々の名前が部分的に絵の中に見られ、カランルク・キリセ(暗闇の教会)では4人、チャルクル・キリセ(サンダルの教会)では3人の名前が記されています。
絵の中の人々の服装から判断して、彼らは軍貴族ではなく、富裕な大地主でだったであろうと考えられますが、地方の農民が牧畜によって大金持ちになったという記録もあります。

建築学上の細かな違いや画法の違いはあってもこれらの教会は同じ学派の手によるものと思われます。ミレトスの近くのラトモス洞窟、中央ギリシャのホシオルカス教会の地下室、キプロスにみられる壁画などから、おそらく各地の教会を渡り歩いた画家たちがいたことが考えられます。

この修道院方式は「カッパドキア方式」といわれています。絵については何ら美的目的というものはなかったので美的水準もないように見えますが、隠者や修道士たちがこの絵の前で瞑想していた姿が想像出来ます。

絵には農民芸術の生き生きとした活力がみなぎっています。人物の表情は感情豊かで、大ざっぱな力強い輪郭で描かれており、直接的な感情表現で単純な物語を率直に語る効果を上げています。また、建築学的にも、他の教会よりも一段と上の力量が感じられます。

エルマル・キリセ(リンゴの教会)

エルマル・キリセ(リンゴの教会)
りんごの教会とも呼ばれているこの教会はひとつの十字平面が彫られています。柱頭をもった4本の円柱が中央の隔室を形づくり、それをとりまく8つの副格間もドーム形をしています。主後陣はチャルクル・キリセと同様に壁でさえぎられています。

この教会の画法としては広範なレパートリーを持っていますが、中央と壁の下部の絵はひどく破壊され、残っているフレスコ画にも寄贈者の肖像は見られません。
描かれているフレスコ画の主なテーマは以下のとおりです。

中央ドーム:「キリスト・パントクラトール」、小ドーム:「大天使」、後陣半円形天井:「ディーシス」、後陣壁:「聖人たち」、北側後陣:「聖母子」、南側後陣:「大天使ミカエル」、十字天井とルネットの壁上部:「キリスト降誕」「三博士の礼拝」「洗礼」「キリストの変容」「ラザルスのよみがえり」「エルサレム入城」「最後の晩餐」「ユダの裏切り」「ゴルゴダヘの道」「磔刑」「埋葬」「埋葬所の聖女たち」「冥府降下」「昇天」、壁パネル:「アブラハムと3人のヘブライ人のもてなし」

カランルク・キリセ(暗闇の教会)

カランルク・キリセ(暗闇の教会)
ここには修道院が置かれていました。他のギョレメの教会同様、カランルク教会も11世紀に建てられ、建設に貢献したらしい4人の後援者の姿がフレスコ画に残されています。

大きな岩山をくり貫いていくつもの部屋を作りましたが、その岩山が崩れ落ちたため、現在では玄関の拝廊部分が露出しています(本来は階段を上がってこの拝廊へ入っていきました)。拝廊の奥に教会本堂があり、修道院は2階部分に設けられていました。中でも食堂は立派な造りです。

拝廊に戻ると、ここは四角い大きな空間を平屋根が覆うようになっていました。現在は崩れ落ちてしまっていますが、脇に小さな明かり窓があったのではないかと考えられています。

壁は滑らかで、付柱や長い横帯によって四角く分けられていました。大きさの違う扉が3つ付いており、そのうち最大の扉から奥へ入っていきました。扉の上には丸い装飾壁がんが並んでおり、ここにギリシア十字が刻まれています。

入口ロビーの正面には、かなり傷んではいますが「キリスト昇天」と「祝福を与える聖人達」の壁画が残されています。教会本堂へは階段が付いています。中央にアーチとドームのある十字形の空間で、正面には3つの後陣が置かれています。

教会の名は、礼拝堂の暗さから来ています。唯一の明かり取りは、拝廊に付いた小さな覗き窓でした。しかし、明かりを通さない(そして湿度が一定に保たれた)教会構造だったために、芸術性の高いフレスコ画が大変良い状態で保存されてきました。他の近くにある教会に残るフレスコ画と比べてみても、カランルク教会のものは保存状態が大変良いです。

壁画に描かれているのは、青金石で背景を青色に仕上げた「イエスの生涯」の中から「キリスト降誕」「洗礼」「最後の晩餐」「ユダの裏切り」「磔刑」などが描かれています。またドーム中央の「全能のキリスト」は見事です。他にも各聖人・使徒像が描かれています。

上階は食堂や僧房となっています。食堂は岩を完全にくり貫いたものて、奥の2つの後陣も、食卓も、長椅子も、長老の席も全て凝灰岩を彫って造られたものです。

なお、このカランルク教会のそばには、「無名の教会」と呼ばれる5つの円盤で出来た十字架が入口にある教会があります。ここには岩に直接赤い絵の具で幾何学模様を描いた素朴なフレスコ画が残っています。

 
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サンダル・キリセ (サンダルの教会)

サンダル・キリセ (サンダルの教会)
チャルクル・キリセ(Çarıklı Kilise)とも呼ばれます。岩壁のファサードが崩れ落ちてしまったため、2階建ての部屋が露出しており、本来の姿とは少し様子を異にしています。この教会にも小さな共同体が営まれていました。

1階の玄関ロビーの壁には、ギリシア十字の装飾のある馬蹄形の壁がんがありました。教会の名は、ここの壁の窪みに聖なる足形が残されていることに由来するそうです。玄関ロビーの脇と奥に2部屋ずつ置かれており、そのうち左脇の部屋は食堂でした。

教会本堂は(現在は鉄の階段がある)四角い空間で、右側の2本の円柱がアーチを支えています。教会建築費用を出資した後援者の姿が名前と共にフレスコ画に残されています。

壁画は「キリストの生涯」からの13の場面で、大きな「全能のキリスト」の周りには聖人や使徒の胸像が丸縁で飾られています。また、6人の司教の像(後陣中央)のそばには、殉教者や聖人などが描かれています。

中央ドーム頂上:「パントクラトール」、穹隅:「福音書をかく4人の伝道者」、補助ドーム:「ミカエル」「ガブリエル」「ウリエル」、内陣しきり:「受胎告知」、丸天井と隣接するルネット:「キリスト降誕」「三博士の礼拝」「洗礼」「キリストの変容」「ラザルスのよみがえり」「エルサレム入城」「ユダの裏切り」「ゴルゴダヘの道」「磔刑」「冥府降下」「埋葬所の聖女たち」「キリスト昇天」、北側後陣ルネット:「アブラハムのもてなし」、中央後陣半円形天井:「ディーシス(キリストの肖像)」、中央後陣壁:「6聖人」となっています。

西側径間の西壁には寄贈者のパネルがあります。肖像と銘には、『神の忠実なしもべ、テオグノストス(Theognostos)、レオン(Leon)。ミカエル……』などと読みとれます。
パネルの中央に描かれたキリストの十字架を手にしているのは、おそらくキレーネのシモン(Simon)だと思われています。

バルバラ・キリセ

聖バルバラ教会
11世紀末に造られた教会で、出資者の名が連ねられた碑文の断片も出土されています。素朴な教会を飾る壁画は大変簡素なもので、赤い塗料で幾何学模様を描いたものがほとんどです。

この方式がカッパドキアではじめて使われたのは、ゼルヴェの例もあるように偶像禁止以前のことでした。主に使われている色はオークルレッド(赭土色)ですが、赭土、孔雀石、マンガン等の鉱物はアナトリアではたやすく手に入り、先史時代から使用されていました。赤い十字架は、建物全体を聖域化することを意味しています。

教会に残っている絵の中で、後陣には王座のキリスト像があり、北壁には聖バルバラの肖像と聖テオドールとジョージが見られます。そして、聖人の間に残って見える銘には、『神よ、汝のしもベ ファリボンを……レオン、マルリネスを救いたまえ』と書かれており、記されている名前はこの教会の寄贈者のものと考えられます。

この時期のキリスト教徒たちは具象画よりも、秘教的象徴により心惹かれていました。鳥や魚や動物の絵は一見したところ単なる装飾のように見えますが、彼らにとっては何らかの深遠な意味を持って描かれていたと考えられます。

これらのモチーフのうちには、鳥のように簡単に見分けの付くものもあります。若木のようなものと一緒に描かれた三角形は、自然の生命力への原始崇拝と結びついた形でした。

また、右側の後陣にある十字形はキリストとその傷(円で囲まれた十字形)を象徴するもので、2人の泥棒の十字形の間におかれています。他にも漆喰を塗った上に簡単な人物像などが描かれており、教会の名となった聖女バルバラの姿や、玉座のキリスト(後陣)などの姿が見えます。

ユランルーキリセ

ユランルーキリセ
教会本堂はふたつの空間に分かれています。ひとつは高い丸天井、もうひとつの奥の空間は平屋根で覆われています。

入口右側の天井には聖人像が描かれていますが、中でも聖トマスや裸の聖ホノフリウスの姿は変わっています。後者は4~5世紀にエジプトの砂漠の中にこもり、木の葉を身に纏いヤシの実だけを食べて瞑想と祈りの生活を送った隠者でした。この地方には、ホノフリウスは女として生まれましたが、神が彼を罪から遠ざけるために男に変えたという俗信もあります。

反対側の壁面には、「龍と戦う聖ジョルジョ」や「蛇に向かう聖テオドシウス」の姿もあります。聖テオドシウスは、ローマの神々を信仰することを拒否したため生きながら焼かれたという記録がローマ・レギオン軍誌に残っています。

その背後にはコンスタンティヌス帝とその母ヘレナが十字架を握っています。また、丸天井を塞ぐようにあるルネッタ(半円状の壁面)にはキリストが描かれており、その左側の小さな人物は教会建造に資金を提供した後援者であることが分かっています。

聖テオドロスはローマの兵士でしたが、ポントスのアマシアで同僚たちが異教徒の礼拝に加わることに反対して地母神の神殿を焼き払いました。その後、彼は拷問にかけられ殺され、死体は炉に投げこまれました。
ですが、4世紀に入ってから、彼は3人の偉大な軍人のひとりとして崇められました。(他の二人は聖ジョージと聖デメトリオス)

聖オノフリウスは4~5世紀頃、エジプトの砂漠に暮らす隠者でした。もともとは修道院の僧でしたがある日天啓を受け、孤独な生活を求めて砂漠へ向かいます。
聖オノフリウスが砂漠で飢えと渇き、暑さや激しい誘惑に苦しんでいた為、神は慰めで食物としてナツメヤシを与えました。やがてナツメヤシは砂漠の彼の小屋のそばで大きく育ちました。彼は70年もの間、木の葉を腰にまいただけで暮らしました。髪の毛は地面まで届くほどの長さだったと言います。

聖オノフリウスの名声は遠くカッパドキアにまで及びます。ローマには彼の名に因んだ教会もあるほどですが、カッパドキアの人々の口から出る彼の物語は誇張されていました。
その物語によると…

もともと聖オノフリウスは女だった。
はじめは、みだらで軽薄な女だったが、後に男達の欲望から身を守りたいと神に祈った。
万人に寛大なる神は、フレスコ画で醜く見せるために男のように長いひげをはやさせた…

この話は、おそらく裸体の誇張された胸の郭と、木の葉を下帯に使っている事から考えついたのだと考えられます。当時のフレスコ画家たちが“生身の人体”をどう扱ったらよいかを知っていたとは思えませんが、長い髪とあごひげ、腰にまとった木の葉で裸体を表現したのは上出来だったと思われます。
なお、聖オノフリウスを古代ヘルモアフロディテの中世における再来だという人もいます。

この内容の物語は、小さなガイドブックにまで載せられていて聖人伝より面白いです。

エル・ナザール・キリセ

11世紀に建造されたと推定される教会で、円錐形の凝灰岩塊の中にあります。幾つもの部屋や通路が掘りめぐらされましたが、正面部分が崩れ落ちてしまい中の部屋が丸見えになっています。

2階に重ねられた部屋(現在では殆ど崩れてしまったが)の上にT字形の教会本堂があり、強固な角柱が何本も屋根を支えていました。丸天井の中央にはドームがあります。ここの天井画は芸術性の高いもので、聖書のエピソードや聖人像がパネル状に描かれています

傷み方は激しいですが「玉座のキリストと天使達」も残されています。アーチ部分には、イコンを思わせる円縁の聖人胸像が並んでいます。中央のドームには「祝福するキリスト」が描かれており、高度に様式化された大光輪のような顔が見られます。その周りを天使や聖人が囲んでいます。

ところで、ユランル・キリセとカランルク・キリセの間に、信者の僧房(四角い小部屋)や、食堂付きの供回りの部屋などが複雑に入り交じった共同体の跡が残っています。食堂やギリシア十字形の小さな教会もあるいわゆる「女子修道院」はこの共同体と繋がったところにあります。

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ギョレメに近い地下都市:カイマクル

ギョレメ カイマクル 地下都市
カイマクル地下都市はカッパドキア最古の地下都市とされています。地下8階、深さ50メートルを超える巨大な空間で、約5000人もの住民が住んでいたと推定されており、内部には教会、学校、食料や物品の貯蔵庫、ワイナリーなどの跡が見つかっていますが、調査を進めるほど新しい通路や新事実が発覚し、その全容は未解明です。

ギョレメからはタクシーで40分ほどでアクセスできます。
名称 地下都市カイマクル
住所 Cami Kebir Mahallesi, yeraltı şehri, Belediye Cd., 50760 Kaymaklı/Nevşehir Merkez/Nevşehir, トルコ
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 大人50トルコリラ、子供無料(8歳以下)
所要時間 1時間程度
*2020年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

カッパドキアの地下都市とは?謎に包まれた歴史と観光のポイントを解説

ギョレメでは洞窟ホテルに宿泊するのがおすすめ

カッパドキアの洞窟ホテル
カッパドキアには、その珍しい地形を生かして洞窟をくりぬいて改装したホテルが数多くあります。洞窟ホテルといっても設備はきちんと整っており、中には5つ星並みのサービスを提供しているホテルもあります。

他では味わえない非日常体験ができるため、ギョレメを訪れた際は是非宿泊してみて下さい。同じく洞窟を改装して作ったレストランもあります。

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ギョレメ観光に行ったら体験したいカッパドキアの絶景気球ツアー

カッパドキア 気球ツアー
カッパドキアの絶景を空から堪能できる熱気球ツアーは、カッパドキア観光のハイライトの一つです。100機もの色とりどりの気球と、美しい朝焼けに染まるカッパドキアの奇岩群を上空から眺めるツアーは、一生の思い出になるでしょう。

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