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トルコ基本観光情報

スーフィズム(イスラーム神秘主義)とは?メヴレヴィー教団やセマーとの関係


「スーフィズム」または「イスラム神秘主義」という言葉を聞いたことはありますか?
トルコの人気観光地のひとつコンヤの町は、イスラム神秘主義の一派「メヴレヴィー教団」の発祥地として広く知られています。スーフィズムはイスラム教を知る上でもよく耳にする言葉ですが、イスラム神秘主義とは実際のところイスラム教とは何か違うのか?あまりよく分かりませんよね。

ここでは、イスラム神秘主義・スーフィズムの歴史や特徴、その一派メヴレヴィー教団や世界遺産にも登録されている旋回舞踊「セマー」について詳しく解説していきます。

スーフィズムとは?特徴や歴史をわかりやすく解説

スーフィズム
スーフィズム(イスラーム神秘主義)は、踊りや神への賛美を唱えることで神との一体感を求める信仰形態・思想です。ユダヤ教やキリスト教、仏教などさまざまな宗教にも、神など絶対的な存在と自己の内面を合一しようとする神秘主義と呼ばれる営みが存在しますが、イスラム教の場合はスーフィズムがこれにあたります。

「スーフィズム(sufism)」という言葉は、イスラム教の神秘主義者を指す「スーフィー(sufi)」に英語の「ism(イズム)」をつけて作られた造語です。スーフィーとはアラビア語で羊毛を意味する「スーフ」に由来しますが、これは初期のイスラム修行者が虚飾を払い、粗末な羊毛(スーフ)の衣を身にまとっていたからです。

スーフィーは、アラビア語で「ファキール(faqīr)」、ペルシャ語で「ダルヴィーシュ(darvīsh)」とも呼ばれ、いずれも「貧者」を意味しています。

宗教的に敬虔な生活を送ろうとした人々がスーフィーであり、イスラム神秘主義思想の担い手となりました。イスラム教は大きく分けて、スンニ派とシーア派の2つの大きな派閥に分かれていますが、スーフィズムは宗派ではなく、あくまで“信仰の実践形態の一つ”という位置づけになります。

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スーフィズムの主な特徴は以下の通りです。

  • イスラム教の世俗化に対する反省から生まれた禁欲主義
  • 教団(タリーカ)とその指導者の方針に基づく修行:瞑想やズィクル(神の名を繰り返し唱えること)など
  • 神への賛美を唱えて自己と合一するための音楽や踊り(メヴレヴィー教団のセマーなど)
  • 教団(タリーカ)の指導者の神秘化(聖者崇拝)と聖者廟参詣

イスラム教の世俗化に対する反省から生まれた禁欲主義

スーフィズム
スーフィズムが誕生したのは8~9世紀にかけての中東地域だと言われています。イスラム世界で、大征服時代を経て裕福になるにつれて現世的傾向が強まっていきました。そうした動向に対する反省・反発から「禁欲主義」や自己の利害を超越した「神への愛」が強調されるようになり、スーフィズムが形成されました。

やがて、内面を重視するスーフィーと、イスラム法の遵法を重視するウラマーが対立するようになり、処刑されるスーフィーも出てしまいますが、そこに「ムハンマド以後に生まれた最大のイスラム教徒」と称されるガザーリーという人物が両者の橋渡しをしたことでスーフィズムは公認されるようになりました。

それ以後、スーフィー教団(タリーカ)が形成されるなどして、スーフィズムは大衆化していきました。

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スーフィー教団(タリーカ)の形成と修行・聖者崇拝

スーフィズム
イスラム教にはいくつかの宗派が存在しますが、スーフィズムにもいくつかの「教団」という存在があります。もともと初期のスーフィーは個人的な活動をしていましたが、次第に共通の修行目標を持つ者たちが集団を作るようになり、そして指導者を中心に「教団(タリーカ)」が形成されていきました。「タリーカ」はアラビア語で「道」や「修行法」を意味する言葉です。

スーフィー教団の指導者は次第に神秘化され、聖者として崇拝されるようになりました。聖者となったスーフィーの墓所(聖者廟)は、現在は聖地として礼拝されるようになり、巡礼の対象となっています。

スーフィー教団は12世紀から19世紀までに多数形成されましたが、中でも
  • スンニ派ウラマーに近い「カーディリー教団」
  • インドの「スフラワルディー教団」
  • オスマン帝国の「メヴレヴィー教団」
などは代表的な教団といえます。

また、イランではスーフィー教団の一つ「サファヴィー教団」の指導者イスマーイール1世がサファヴィー朝という王朝を建国しました。サファヴィー朝となってからはスーフィズムの性質は弱まり、イスラム教シーア派を国教としていたため、スンニ派のオスマン帝国と対立していました。

スーフィズムはイスラム教で異端とされ禁止された歴史もある

イスラム教の聖地メッカとメディナでも数多くのスーフィー共同体が活動しましたが大教団は誕生しませんでした。その上、アラビア半島では18世紀になるとスーフィズムを断固として否定するワッハーブ運動というイスラム改革運動が起こり、19世紀には聖者廟が破壊され、1924年以降はアラビア半島でスーフィー教団(タリーカ)を創設することが禁じられてしまいました。

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スーフィー教団は宗派ではなく、スーフィズムという思想・信仰形態を実践するなかで形成された集団で、それが地域に根付いています。日本でいえば、寺と檀家のようなイメージに近いかもしれません。

スーフィー教団は発展の過程で、モスクに教育機関を併設するなど地域に根ざしていきましたが、他の宗教への影響を指摘されるなど(現在の教団関係者は否定している)異端視されることもありました。

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スーフィズムがコーヒーを広めた?

トルココーヒー
コーヒー発祥の地の一つとして知られるイエメンのスーフィー教団では、その覚醒作用を利用するために瞑想やズィクル(神の名を繰り返し唱えること)の際にコーヒーを飲んでいました。コーヒーはイエメンのモカ港からイスラム教の聖地メッカに伝わり、エジプトやシリア、トルコなどイスラム世界に広まる中で、スーフィー以外の人々にも広く飲まれるようになったのです。

ちなみに、1517年にコーヒー豆が持ち込まれたトルコ(当時はオスマン帝国)ではコーヒー豆をじっくりと焙煎して細かく挽き、小鍋で水から煮出して濾さずに飲む「トルココーヒー」という独自の飲み方が確立され、今では当たり前となった「焙煎した豆から抽出したコーヒー」の元祖となりました。

さらに1557年にはイスタンブールで世界初のカフェが開店するなど、トルコでは世界に先駆けてコーヒー文化が育まれ、2013年には「トルココーヒー文化と伝統」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。

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スーフィズムの代表格「メヴレヴィー教団」とは?

ルーミー
旋回舞踊(セマー)でも知られる「メヴレヴィー教団(トルコ語:Mevlevilik)」は、13世紀にジャラール・ウッディーン・ルーミー(トルコ語:Mevlânâ Celaleddin-i Rumi)によって創設されました。創始者のルーミーは、ペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人でもありました。教団の名前メヴレヴィーは、「我らが導師」を意味する“マウラーナー”というルーミーに対する尊称に由来しています。

教団の中心地は、ルーミー最期の地でもある小アジア(現トルコ)の「コンヤ(Konya)」という町で、ルーミーは生涯で4,000kmを超える旅をし、人生の後半45年間をこのコンヤで過ごしていました。

ここでルーミーは「セマー」として知られる、詩、音楽、瞑想を組み合わせた独特の旋回する礼拝の儀式を考案しました。これにより、メヴレヴィー教団は旋舞教団とも呼ばれるようになりました。
メヴレヴィー教団の教義は、キリスト教の思想をも包摂する寛容さにありますが、最大の特徴はやはりセマーになります。

メヴレヴィー教団への入門と修行法

メヴレヴィー教団
メヴレヴィー教団に入門した者は、1001日間を修道場で過ごします。入門者は隔離された小部屋で音楽、踊り、ルーミーの著書「精神的マスナヴィー」の朗読、ズィクル(神の名前を繰り返し唱えること)、瞑想を学び、修道場の雑用をおこないます。

しかし、大部分の時間は「調理場」での修行にあてられます。調理場では、入門者が精神的に“調理”され、念入りに作られた料理のように、入門者の心が熟成させられるといいます。

1001日間の修行を終えると、入門者は指導者の資格を持つスーフィーとなり、免状を授与する儀式が行われ、儀礼用のマントと帽子が与えられます。その後は、修道場で独身のまま生活を送るか、修道場との関係は密接に保ちながらも修道場を出て結婚し、世俗の生活を送るか、自由に選択できます。このような選択の自由は、スーフィズムの歴史の中でも非常に珍しいケースです。

メヴレヴィー教団の発展

メヴラーナ
1273年にルーミーが亡くなると、彼が創設したメヴレヴィー教団はセルジューク朝やオスマン帝国の皇帝たちの保護下で大発展をとげました。

メヴレヴィー教団は、ペルシャ詩、音楽、装飾文字の発展に貢献し、トルコの主要都市につくられた修道場での踊りの儀式を体系化しました。やがてメヴレヴィー教団は、アラビア社会とバルカン半島に広まっていきました。

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メヴレヴィー教団の解体と現在

1923年のトルコ革命による“脱イスラム政策”によって、ダルヴィーシュ(スーフィー)であることは違法とされ、1927年までに他のスーフィー教団と共にメヴレヴィー教団も強制的に解体させられました。霊廟も破却、修道所も閉鎖され、メヴレヴィー教団の伝統も失われました。

しかし、歴史的文化価値などから復興し、1927年3月3日以降、霊廟は博物館として一般に開放され、その後の1954年にはセマーをショーとして興行することが認められました。

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メヴレヴィー教団の旋回舞踊「セマー」は世界遺産



メヴレヴィー教団といえばセマー(サマーとも)が最大の特徴です。2008年には、「メヴレヴィー教団のセマーの儀式」としてユネスコの無形文化遺産に登録されました。

セマーは、物質世界のささいな出来事からスーフィーたちを引き離し、神のもとへ引き寄せる、愛と死の踊りです。また、神秘的な宇宙論とも関係があり、人間が自分たちの創造主である神との距離を縮めるため、円を描きながら天球を上昇し、唯一の存在である神のもとへ行くことを、くるくる回りながら踊る舞踊術で表現したものでもあります。旋回舞踊には、愛と苦悩の歌を奏でる、笛、打楽器、弦楽器の伴奏がつきます。

セマーの踊り方と意味

右手は神の恩恵を受けるために天に向かって伸ばし、左手は神の御業に感謝するために地に向かって伸ばして、修行僧の言葉を唱えます。そして、回転することによって、全宇宙を模倣すると共に、全ての完全性の根源へ到着することを目指します。

セマーの踊り手「セマーゼン」が身に着ける帽子は墓石、ジャケットは墓、スカートは葬式用の覆いの象徴で、ジャケットを脱ぐ行為は地上の束縛からの解放、墓からの脱出を示しています。

現在、セマーは観光客向けのショーという名目でのみ許されており、ルーミーの命日12月17日を最終日とする10日間では、メヴラーナ週間として旋舞セマーが盛大におこなわれます。

こうして現在でもメヴレヴィー教団のセマーを見ることができますが、これはスーフィー教団の旋回舞踊としてではなく、民間伝承の見世物という位置づけとなっています。踊り手はあくまでも芸術家であって、宗教家ではないのです。

メヴレヴィー教団発祥の町「コンヤ」

スーフィズム
メヴレヴィー教団が誕生した「コンヤ(Konya)」は、トルコ内陸部アナトリアの主要都市のひとつで、町の歴史は紀元前3000年前にまでさかのぼると言われています。
11世紀末からは200年間にもわたってルーム・セルジューク朝の首都が置かれ、文化や宗教の中心を担っていました。

カイクバード1世時代に著しく発展し、この頃に芸術家や建築家、イスラム関係の科学者などを東方から集めて学校が開かれ、コンヤに文化が花開きました。メヴレヴィー教団の創始者ルーミーもそうした学者のひとりです。

現在もコンヤの町に残っている神学校や遺跡のほとんどはその頃に建てられたもので、当時の文化を垣間見ることができます。そして、その中のひとつにはルーミーの霊廟がある「メヴラーナ博物館」もあり、聖地として今でも巡礼者が多く訪れています。

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メヴラーナ博物館

メヴラーナ博物館
現在博物館として一般に公開されている「メヴラーナ博物館(Mevlana Müzesi)」は、メヴレヴィー教団の創始者ルーミーの霊廟があり、教団の総本山となる崇高な場所でした。
約6500㎡の敷地内には、ジャーミィ(モスク)、僧院、修道場もあり、緑色のタイルで覆われた円錐形の屋根を持つ霊廟は13世紀末に造られたもので、外の部分はオスマン朝時代にスレイマン大帝らの寄進によって建設されました。

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入口正面の部屋には棺がずらりと並び、最も大きく重厚で豪奢なのが、最奥に安置されたルーミーの棺です。霊廟の入口周辺にはルーミーが語った韻文を能書家が書いた碑文とプレートが掲げられています。そこにはこう記されています。

  • 「あなたが外から見えるのと同じようになるか、または内面と同じようになるか、または内面と同じように見えるようになるか、どちらかになりなさい」
  • 「私のもとへ来なさい。あなたがどのような人でも来るのです。あなたが無神論者でも偶像崇拝者でも、拝火教信者でも構わないから来るのです」

隣のスペースには、ルーミーの愛用品や衣服、セルジューク朝時代、オスマン朝時代の工芸作品やコーラン(クアルーン)の写本、ルーミーの著作が展示されています。
そして中央のガラスケースには、イスラム教の創始者ムハンマドのあごひげを入れた箱も置かれています。

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別棟の展示には人形を使った修行僧の様子が展示されており、当時を感じることができるリアリティな見学が楽しめます。メヴラーナ博物館は、「コンヤに来たらまずはここ!」と言われるほど欠かせない観光スポットでもあります。コンヤを訪れる機会があったら是非訪れてみてください。

メヴラーナ博物館|観光情報・アクセス



名称 メヴラーナ博物館(Mevlana Müzesi)
住所 Aziziye Mah, Mevlana Cd. No:1, 42030 Karatay/Konya, Turkey
営業時間 9:00~19:00(冬季は17:00まで)
定休日 なし
入場料 無料 ※オーディオガイド(日本語あり)の利用は10TL
公式サイト https://muze.gov.tr/muze-detay?DistId=MEV&SectionId=MEV01
※2021年11月現在。予告なく変わることがあります

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