トルコツアーガイド
トラブゾンとスメラ修道院の観光の見どころと歴史
トラブゾン(Trabzon)は、トルコの歴史ある街。古代名はトラペズントと呼ばれた人口80万人を抱える黒海地方第3の都市です。
煙草、豆類、とうもろこし、果物、材木、ヘーゼルナッツ等を主な輸出品とし、地元では絹やリネンの織物が盛んです。トルコ1部リーグの強豪サッカークラブのトラブゾンスポルの本拠地でもあります。
トラブゾンの観光名所といえば、断崖絶壁に建つ「スメラ修道院」です。他にも歴史を感じるモスクや博物館など、多くの観光スポットがあります。
トラブゾンは、トルコ東部の黒海沿岸にあり、イスタンブールからは約1,100km、アンカラから約800kmの場所に位置しています。イスタンブールやアンカラからトラブゾンまでは1日に数便国内線が運航しており、1時間半ほどでアクセスできます。
トラブゾンの空港は市街中央部から東へ6kmの場所にあり、ドルムシュ(乗合ミニバス)やタクシーを使って移動します。
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黒海東部地方にあるトラブゾンは、おおむね温暖湿潤気候に分類されます。夏は温暖で降水量は少ない一方で、気温の下がる秋冬は雨が多くなり、冬には雪が降ることもあります。
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スメラ修道院は、トラブゾン観光のメインといえる有名な観光名所です。トラブゾンの南54kmの絶壁に張り付いた様に造築されています。別名メリエムアナ修道院と呼ばれています。正面は非常に良い状態で残っていますが、対して後方は損傷が著しいです。
後陣つきの礼拝堂が1710年に増築され、1740年にはフレスコ画で装飾が施されました。15世紀にスルタン・セリム1世がここを訪れています。
オスマン帝国やロシアの支配下にあった時代にも、キリスト教徒が住む特別なエリアとして存続していましたが、1923年にトルコ共和国が成立したことにより事実上閉鎖。最後の修道士が修道院を去る際に、貴重な品々を持ち出し、イスラム教徒の手に落ちることを懸念して修道院の数か所を爆破したといわれています。
第1次世界大戦以降、修道院には人は誰も住んでいません。
入り口から下の内庭を見下ろすと1360年に造られた修業僧達の76の僧房の他、外壁が装飾塗装された後陣つきの礼拝堂が見えます。堂内部の壁には以下のフレスコ絵が描かれています。
礼拝堂の左手にある泉には不思議な奇跡を起こす力があるとされ、現在でもキリスト、イスラム教徒に飲用されています。現在では完全に崩壊しているバルバラ教会は、かつて修道院の中にあり、「ルーカスのイコン」と呼ばれる重要なイコンを所有していましたが、1931年にアテネの僧によってギリシアに持ち出されています。
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トルコではサッカーの人気が非常に高く、国内にはプロサッカーリーグがあります。トルコ国内の一部リーグは、スュペル・リグ(Süper Lig)と呼ばれ、1962年より欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟しています。
スュペル・リグでは、元日本代表の長友佑都選手がガラタサライSKで、香川真司選手がベシクタシュJKでそれぞれプレーしていたことを覚えている方もいるでしょう。
トラブゾンを本拠地としているトラブゾンスポルは、「BIG3」と呼ばれるガラタサライSK・フェネルバフチェSK・ベシクタシュJKの強豪3チームに次ぐ優勝回数を誇るクラブです。
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是非見学してみたいこのかつての教会は、市の西3km、海岸沿いに建っています。13世紀に大修復の行なわれた5世紀の教会で、後にこの地を征服したトルコ人によってモスクとして使用されています(1959年からは博物館として一般に公開)。教会の北西部には鐘塔が立ち、かつてはその表面に美しい彫刻が施されていました。部分的に良好な状態を保つフレスコ画は次の通りです。
トラブゾンの古代名トラペズントは、砦丘の地形からギリシア語の「トラペザ」(皿)に由来しています。町の発生は紀元前6世紀、スィノブのギリシア移民によるものです。紀元前400年頃、クセノフォンは1万人の傭兵を率いてペルシアの内戦に参加しましたが、退却してトラペズントへ脱出しました。町が急激な発展を遂げたのは2世紀、ハドリアヌス帝の新港建設後の事です。
1204年、ビザンチン皇帝アンドロニコス1世・コムネノスの子息アレクスィオスとデイビッドは十字軍から逃れてトラペズントへ避難し、アレクスィオスはここで自ら皇帝である事を宣言して大コムネネ帝国(250年後に滅亡)を開きました。マルコポーロが東方遠征の途中で中国への旅の為にこの地を発ったのは1295年の事です。
帝国最後の支配者デイビッド・コムネノスは1461年、オスマン族のスルタン・メフメット2世(征服王)によって失脚し、これをきっかけに住民の一部はイスタンブールに移住しました。およそ千人の健康な若者がイェニチェリ(スルタンの親衛楽団)の候補として選出されたと言います。
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トラブゾンは黒海に面しており、その海域には豊富な魚が生息しています。特に、「ハムシ(Hamsi)」と呼ばれるカタクチイワシは、黒海東部地方の名産品として知られています。トラブゾンでもハムシを使用した料理が特に有名です。
代表的な料理としては、ハムシを揚げた「ハムシ・タヴァ」や、ピラフにハムシを並べたオーブンで焼き上げた「ハムシピラフ」などがあります。
ハムシの旬は11月下旬から3月上旬までです。地元の人々は、ハムシを一年中楽しむために、瓶詰めにしてオイルと塩で保存する方法も取っています。
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トルコでは、チャイ(紅茶)が非常によく飲まれており、実は紅茶の消費量が世界一で、年間生産量も20万トン以上という世界有数の国です。トラブゾンから東に約75kmの位置にあるリゼ(Rize)という街は、トルコの茶葉の主要生産地として有名です。
茶葉の栽培に適したこの地域では、なんとトルコの茶葉の75%がリゼ県で生産されています。トルコのチャイは日本では珍しいので、お土産にもおすすめです!
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煙草、豆類、とうもろこし、果物、材木、ヘーゼルナッツ等を主な輸出品とし、地元では絹やリネンの織物が盛んです。トルコ1部リーグの強豪サッカークラブのトラブゾンスポルの本拠地でもあります。
トラブゾンの観光名所といえば、断崖絶壁に建つ「スメラ修道院」です。他にも歴史を感じるモスクや博物館など、多くの観光スポットがあります。
目次
トラブゾンの場所・アクセス
トラブゾンは、トルコ東部の黒海沿岸にあり、イスタンブールからは約1,100km、アンカラから約800kmの場所に位置しています。イスタンブールやアンカラからトラブゾンまでは1日に数便国内線が運航しており、1時間半ほどでアクセスできます。
トラブゾンの空港は市街中央部から東へ6kmの場所にあり、ドルムシュ(乗合ミニバス)やタクシーを使って移動します。
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トラブゾンの天気・気温
単位:℃ | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
平均気温 | 7.7 | 7.5 | 9.2 | 12.2 | 16.4 | 20.9 | 23.8 | 24.4 | 21.1 | 17.2 | 12.7 | 9.5 |
平均最高気温 | 11.3 | 11.4 | 13.0 | 16.3 | 20.0 | 24.5 | 27.5 | 28.1 | 25.1 | 21.0 | 16.5 | 13.1 |
平均最低気温 | 5.0 | 4.6 | 6.2 | 9.0 | 13.4 | 17.6 | 20.6 | 21.2 | 17.8 | 14.1 | 9.6 | 6.8 |
黒海東部地方にあるトラブゾンは、おおむね温暖湿潤気候に分類されます。夏は温暖で降水量は少ない一方で、気温の下がる秋冬は雨が多くなり、冬には雪が降ることもあります。
トルコの気候と旅行のベストシーズンは?季節別の気温・天気とおすすめの服装
断崖絶壁に建つ「スメラ修道院」はトラブゾン観光の目玉!
スメラ修道院は、トラブゾン観光のメインといえる有名な観光名所です。トラブゾンの南54kmの絶壁に張り付いた様に造築されています。別名メリエムアナ修道院と呼ばれています。正面は非常に良い状態で残っていますが、対して後方は損傷が著しいです。
スメラ修道院の歴史
ユスチニアヌス帝が拡張した修道院は、おそらくアナスタスィアス帝(491~518年)によって建立されたとされ、アレクスィウス3世は1340年にここで戴冠の儀を行なっています。後陣つきの礼拝堂が1710年に増築され、1740年にはフレスコ画で装飾が施されました。15世紀にスルタン・セリム1世がここを訪れています。
オスマン帝国やロシアの支配下にあった時代にも、キリスト教徒が住む特別なエリアとして存続していましたが、1923年にトルコ共和国が成立したことにより事実上閉鎖。最後の修道士が修道院を去る際に、貴重な品々を持ち出し、イスラム教徒の手に落ちることを懸念して修道院の数か所を爆破したといわれています。
第1次世界大戦以降、修道院には人は誰も住んでいません。
スメラ修道院の観光の見どころ
入り口から下の内庭を見下ろすと1360年に造られた修業僧達の76の僧房の他、外壁が装飾塗装された後陣つきの礼拝堂が見えます。堂内部の壁には以下のフレスコ絵が描かれています。
- 天井:幼少のキリスト、聖母とキリスト。
- 北壁:コムネネ王朝の肖像、玉座のマリアと天使。
- 両壁:キリストの誕生、東方からの3人の賢者、エジプトへの旅、玉座のマリア等が描かれています(全フレスコの中で最も保存状態が良いので是非目にしてみて下さい)。
礼拝堂の左手にある泉には不思議な奇跡を起こす力があるとされ、現在でもキリスト、イスラム教徒に飲用されています。現在では完全に崩壊しているバルバラ教会は、かつて修道院の中にあり、「ルーカスのイコン」と呼ばれる重要なイコンを所有していましたが、1931年にアテネの僧によってギリシアに持ち出されています。
キリスト教とはどんな宗教か?誕生から教えなどを徹底解説! | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』
スメラ修道院への行き方
ここを訪れるには、岩壁の間の狭い道を30分程登らなければなりません。水道橋の遺跡が見えたら修道院はすぐです。トラブゾンの街からは、ミニバスに乗って1時間半ほどでアクセスできます。名称 | スメラ修道院(Sümela Monastery) |
住所 | Altındere, Altindere Valley National Park, 61750 Maçka/Trabzon, トルコ |
営業時間 | 8:00~19:00(チケット売り場は18:30まで) |
定休日 | なし |
公式サイト | https://muze.gov.tr/muze-detay?SectionId=SML01&DistId=MRK |
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トラブゾンはサッカーでも有名な街
トルコではサッカーの人気が非常に高く、国内にはプロサッカーリーグがあります。トルコ国内の一部リーグは、スュペル・リグ(Süper Lig)と呼ばれ、1962年より欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟しています。
スュペル・リグでは、元日本代表の長友佑都選手がガラタサライSKで、香川真司選手がベシクタシュJKでそれぞれプレーしていたことを覚えている方もいるでしょう。
トラブゾンを本拠地としているトラブゾンスポルは、「BIG3」と呼ばれるガラタサライSK・フェネルバフチェSK・ベシクタシュJKの強豪3チームに次ぐ優勝回数を誇るクラブです。
スュペル・リグ(トルコスーパーリーグ)徹底解説!世界でのレベルや加盟チームは?
他にもたくさん!トラブゾンのおすすめ観光スポット
城砦
アレクスィオス2世(1297~1329年)によって拡張されました。下の要塞、中央要塞、内要塞から構成される大きな造りです。中央要塞の中に立つオルタヒサルと呼ばれるモスクは、本来、金鍍金のドームと3つの身廊を備えた聖堂でしたが、1468年にモスクに変換されています。後陣に今でも残るモザイクは非常に美しいです。聖ソフィア(アヤソフィア博物館)
是非見学してみたいこのかつての教会は、市の西3km、海岸沿いに建っています。13世紀に大修復の行なわれた5世紀の教会で、後にこの地を征服したトルコ人によってモスクとして使用されています(1959年からは博物館として一般に公開)。教会の北西部には鐘塔が立ち、かつてはその表面に美しい彫刻が施されていました。部分的に良好な状態を保つフレスコ画は次の通りです。
- 内廊:聖受胎告知、福音、最高天使等。
- 本堂:聖さん式。
- 南外陣:アンの祈り。
- 北外陣:ヤコブの夢、ヤコブの苦悩、燃える薮
聖アンナ教会
このトラブゾンで最古の教会は城砦の東、旧市街に建っています。地下室を持つ教会としてはトラブゾンで唯一のもので、建立の年は定かではありません。イェニ・ジュマ・ジャーミ
教会として建設されたこのモスクは城壁の外に位置しています。1340年の火災の後、十字架形の基盤に立つ新礼拝堂が建立されました。スルタン・メフメット2世は金曜礼拝をここで捧げたのだそうです。クドレッティン・ジャーミ
アンナ・コムネノスによって1341年に市の東に建立された教会で1665年以来モスクとして機能しています。ナキプ・ジャーミ
本来は3つの外陣を備える10世紀の教会でパザルカプ地区にあります。15世紀からモスクとして使用されています。アタテュルク博物館
1921年にムスタファ・ケマル・アタテュルクが3泊滞在した邸宅で、1943年以来、博物館となっています。トラブゾンの歴史
トラブゾンの古代名トラペズントは、砦丘の地形からギリシア語の「トラペザ」(皿)に由来しています。町の発生は紀元前6世紀、スィノブのギリシア移民によるものです。紀元前400年頃、クセノフォンは1万人の傭兵を率いてペルシアの内戦に参加しましたが、退却してトラペズントへ脱出しました。町が急激な発展を遂げたのは2世紀、ハドリアヌス帝の新港建設後の事です。
1204年、ビザンチン皇帝アンドロニコス1世・コムネノスの子息アレクスィオスとデイビッドは十字軍から逃れてトラペズントへ避難し、アレクスィオスはここで自ら皇帝である事を宣言して大コムネネ帝国(250年後に滅亡)を開きました。マルコポーロが東方遠征の途中で中国への旅の為にこの地を発ったのは1295年の事です。
帝国最後の支配者デイビッド・コムネノスは1461年、オスマン族のスルタン・メフメット2世(征服王)によって失脚し、これをきっかけに住民の一部はイスタンブールに移住しました。およそ千人の健康な若者がイェニチェリ(スルタンの親衛楽団)の候補として選出されたと言います。
オスマン帝国623年の歩みを全解説!世界を揺るがせた大帝国の繁栄と滅亡 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』
トラブゾン・黒海エリアの名物グルメ
ハムシ(カタクチイワシ)
トラブゾンは黒海に面しており、その海域には豊富な魚が生息しています。特に、「ハムシ(Hamsi)」と呼ばれるカタクチイワシは、黒海東部地方の名産品として知られています。トラブゾンでもハムシを使用した料理が特に有名です。
代表的な料理としては、ハムシを揚げた「ハムシ・タヴァ」や、ピラフにハムシを並べたオーブンで焼き上げた「ハムシピラフ」などがあります。
ハムシの旬は11月下旬から3月上旬までです。地元の人々は、ハムシを一年中楽しむために、瓶詰めにしてオイルと塩で保存する方法も取っています。
トルコ料理おすすめランキングBEST20!ケバブだけじゃない絶品グルメのレシピ
チャイ(トルコ紅茶)
トルコでは、チャイ(紅茶)が非常によく飲まれており、実は紅茶の消費量が世界一で、年間生産量も20万トン以上という世界有数の国です。トラブゾンから東に約75kmの位置にあるリゼ(Rize)という街は、トルコの茶葉の主要生産地として有名です。
茶葉の栽培に適したこの地域では、なんとトルコの茶葉の75%がリゼ県で生産されています。トルコのチャイは日本では珍しいので、お土産にもおすすめです!
トルコの紅茶「チャイ」とは?独特の淹れ方や飲み方、歴史、効能を解説