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トルコ旅行・ツアーブログ・トルコツアー旅行記

オリエント急行の終着点はイスタンブール!


アガサ・クリスティーのミステリー小説により「オリエント急行」という言葉は誰もが耳にしたことがあるのではないでしょうか?「オリエント急行」ときいただけでロマン漂う旅のイメージがわき、今にも憧れの世界へ連れて行ってくれるような気がします。

アガサ・クリスティー
オリエント急行はパリ~イスタンブール間を結ぶ国際寝台列車でした。
トルコ・イスタンブールにあるシルケジ駅は、1883年に開通しパリからイタリアなどを経て走っていた豪華国際列車オリエント急行の終着駅です。

神秘に満ちたオリエントを訪れようとヨーロッパの王侯貴族や上流階級の人々が降り立ったその駅が今もイスタンブールの旧市街で当時の華やかな面影をまとっています。

それでは、オリエント急行について徹底解説します!

オリエント急行の歴史

オリエント急行
オリエント急行は国際寝台車会社(Compagnie Internationale des Wagons-Lits)により、
1883年に運航が開始されたパリ~イスタンブール間の列車です。
開通記念列車は1883年10月4日夜にパリ・ストラスブール駅(現・パリ東駅)を出発し、
6日間かけてコンスタンティノープル(現・イスタンブール)へ到着しました。

オスマン帝国では首都の市名を「イスタンブール」と称していましたが、西ヨーロッパでは旧名の「コンスタンティノープル」が使われていたので、オリエント急行の行き先も旧名で表記されました。

経路はパリ~ドイツ~オーストリア~ハンガリー~ルーマニア~ブルガリア~コンスタンティノープル(イスタンブール)でした。

記念列車は寝台車2両、食堂車1両、荷物車2両の編成でした。
記念列車には沿線各国の高官や鉄道関係者、ジャーナリストなどが招待された他、ナゲルマケールスをはじめとする国際寝台車会社の幹部も乗車しました。
途中、ルーマニアでは国王カロル1世自ら離宮に招待するなど、沿線各国で歓迎を受けました。

定期列車としてのオリエント急行は、1883年10月25日からパリ~ジュルジュ(ルーマニア)間で運行開始しました。
連絡する船舶などと合わせたパリからコンスタンティノープルまでの所要時間は81時間41分でした。

 
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当初は週1便の運行でしたが、1885年には途中のウィーンまで毎日運行となりました。
また1885年からは当初のルートの他ブダペストからベオグラード、ソフィアを経由する列車(一部馬車連絡)も運行されました。

1889年6月には念願のコンスタンティノープルまでの列車の直通運転がベオグラード・ソフィア経由で実現しました。これによりパリからコンスタンティノープルへの所要時間は67時間46分にまで短縮されました。

しかし、オリエント急行を利用できたのは、王侯貴族や高級官吏、富豪などのごく限られた人々で、パリ・コンスタンティノープル間の一等運賃と寝台料金の合計は当時の召使の給料1年分に相当したといいます。

第一次世界大戦後の1930年代はオリエント急行の最盛期となり、シンプロン・オリエント急行がカレーおよびパリからイスタンブールおよびアテネまで毎日運行、オリエント急行(ストラスブール経由)が週3便カレー・パリからイスタンブール(ベオグラードからはシンプロン・オリエント急行と併結)・ブカレストへ、アールベルク・オリエント急行が週3便(オリエント急行とは別の日)にカレー・パリからブカレスト・アテネへ運行されました。

また、この時期イスタンブールの終着駅であるシルケジ駅の対岸のアジア側にあるハイダルパシャ駅からは、オリエント急行に接続してタウルス急行がトリポリやバグダードまで運行されており、さらに列車や自動車を乗り継いでカイロやテヘランまで連絡していました。

第二次大戦後はモータリゼーション時代の到来や航空機の性能向上により、オリエント急行を利用する長距離旅客は減少していきました。

1962年には国際列車の再編が行われ、シンプロン・オリエント急行とアールベルク・オリエント急行はイスタンブール・アテネへの直通を中止し、列車名から「オリエント」の字を外しました。

これに代わり、パリからバルカン半島方面への座席急行列車に直通の寝台車を連結する形でダイレクト・オリエント急行がイスタンブールおよびアテネへ各週2便運行されるようになりました。

その後、1977年にはダイレクト・オリエント急行が廃止され、パリ発5月19日、イスタンブール発5月22日の列車が最終列車となりました。

ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス

オリエント・エクスプレス
オリエントエクスプレスの客車をオークションなどで購入・復元したベルモンド社(旧オリエント・エクスプレス・ホテルズ・トレインズ&クルーゼス)が往時の姿をそのままに1982年5月にベニス・シンプロン・エクスプレス(VSOE)として復活させました。

距離にしておよそ1750㎞の列車はロンドンからパリ、チューリッヒを経由して終点ベニスへと向かう豪華寝台列車で「ヨーロッパの走る社交場」や「動く宮殿」とも謳われています。

車内は最長編成で全長約500m、17車両、最大定員184名で構成され、その内11車両が寝台車で、レストラン、バー、ブティックも設備されています。
各車両は当初の姿を完全に復元されていて極めて優雅です。

現在は3月~12月の限定日に観光列車として運行しています。

オリエント急行でトルコを訪れる著名人の為に建てられたホテル『ペラ・パレス』

ペラ・パレス
イスタンブール新市街側のペイオール地区、かつてはヨーロッパの商人や使節の外国人居留地だったエリアに、伝説のホテル「ペラ・パレス・ホテル・ジュメイラ」はあります。

ホテルの創業は1892年で、オリエント急行でフランスからイスタンブールを訪れる王侯貴族や著名人のための高級ホテルとしてその歴史は始まりました。

アールヌーボー・ネオクラシック建築の建物は当時スルタンの住む宮殿以外では唯一で、お湯や電気設備も整っていたそうです。
また、トルコ初の電動エレベーターもこのホテルに備えられました。

2008年に大々的なリノベーションが行われましたが、建設当時と変わらないクラシカルな美しさは今も健在です。
100年以上の歴史を持つこのホテルは多くの著名人のお客様を迎えてきました。

トルコ建国の父で初代大統領のムスタファ・ケマル・アタテュルクがイスタンブールで最初に職務を執り行った101号室はそのまま保存され、博物館として公開されています。

その他にもペラ・パレスに滞在した著名人の名前を冠した特別仕様の部屋が用意されています。

411号室の「アガサ・クリスティー・キングルーム」は彼女がここで「オリエント急行殺人事件」を執筆したという伝説を持つ部屋です。
シックな内装のお部屋は、ミステリーの女王にふさわしい独特の雰囲気を感じます。
彼女の写真や本も飾られていて、ファンにはたまらないお部屋です。

1922年に宿泊したアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイをトリビュートした「アーネスト・ヘミングウェイ・スイート」は5部屋用意されています。
ヘミングウェイの愛した海と葉巻をイメージした、ブルーとブラウンでまとめられた室内には、彼の写真や原稿などが飾られています。

スウェーデン出身のハリウッド女優、グレタ・ガルボは1924年に滞在しました。
彼女をトリビュートした部屋は6部屋あり、ピンクが基調の美しいお部屋で可愛らしいバラのモチーフは彼女の儚さをイメージしているそうです。

ホテル内にはアガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」にインスパイアされた、
Agatha Restaurant(アガサ・レストラン)があります。
白黒チェックの床など、ポワロ作品に登場するアール・デコ様式が取り入れられた、内装が美しいレストランで、絶品のフレンチ、イタリアン、トルコ料理などを堪能できます。

オリエント急行の終着駅・シルケジ駅

シルケジ駅
オリエント急行の終着駅として完成したイスタンブール旧市街にあるシルケジ駅は現在、ヨーロッパからの国際列車とエディルネ方面の国内列車、市内線(路面電車とマルマライ)が発着しています。

ステンドグラスが美しい駅の構内には「オリエント急行」往時の写真や車内で使用していたナイフやフォークなどが展示されているイスタンブール鉄道博物館があります。

また、映画「007」シリーズの第2作目でジェームズ・ボンドがオリエント急行に乗るシーンは、このシルケジ駅で撮影されました。

オリエント急行がイスタンブールまで走っていた頃に停車したホームは1番線で、そのホームには1890年からオリエント・エクスプレス・レストランがあります。
店内はクラシックな雰囲気で、ゆっくりと美味しいトルコ料理を楽しむことができます。

ちなみに東京の木場にも「オリエント急行」をモチーフにしたレストランがあります。
アタゴールというフランス料理店でシェフは日本で唯一オリエント急行のシェフを務めた経験をお持ちの方だそうです。

 
イスタンブール
 
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2017年12月のブログ

godivaこの前、ふとゴディバに立ち寄り、チョコレートを買おうとお店に入ると、オリエント急行殺人事件の映画のコラボレーションで主人公ポアロの口ひげをモチーフにしたチョコが目に入った。12月8日から全国で上映され大ヒット中の映画『オリエント急行殺人事件』だ。
オリエント急行殺人事件といえば、1974年にも映画化されて、日本でも2015年に三谷幸喜が脚本を手掛けてドラマ化されたりと、幾度か映像を通して見る機会がありましたが、今回は違った視点から、また違った要素などを取り入れた、新たな『オリエント急行殺人事件』としてアクションがあったり楽しめます。
ケネス・ブラナーが製作・監督を兼ね、シャーロック・ホームズに並ぶ世界の頭脳名探偵エルキュール・ポアロを演じ、共演者としてジョニー・デップ、ミシェル・ファイファーら豪華キャストで新たに映画化されました。
イギリス生まれのアガサ・クリスティーが1934年に初版を出した推理小説として有名です。イスタンブール発フランス行きの列車で起きた密室殺人事件を解いていく話ですが、この推理小説は彼女自身がオリエント急行で一人旅をした時に、イスタンブールでの経験が大きな影響を与えたと言われています。『ミステリーの女王』と言われ、彼女の独特な奇抜なトリックに読者は魅了され、数々の本を出版しています。

このアガサ・クリスティーがオリエント急行殺人事件をトルコのイスタンブールのペラ・パラスホテルで執筆していたことはご存知ですか?このペラ・パラスホテルはオリエント急行でフランスからイスタンブールを訪れる王侯貴族や著名人のために、1892年に開業された老舗の豪華ホテル。2008年に大規模なリノベーション工事が行われましたが、現在も当時と変わらない気品のある、豪華ホテルとして健在です。当時の家具などもそのままの残っており、歴史を感じるホテルです。

ペラ・パラス
アガサ・クリスティーを始め、アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイ、スウェーデン出身のハリウッド女優、グレタ・ガルボなど数々の署名人が滞在してきました。その中でも忘れてはならないのが、トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタトゥルク。彼がイスタンブールで最初に職務を執り行った101号室は当時のまま残され、博物館として公開されています。
是非、イスタンブールに行った際には、見学だけでもさせてもらえますので、足を運んでは如何でしょうか?また当時このベイオール地区には外国人が多く住んでいたところでもあり、アールヌーボー・ネオクラシック建築の建物が多くあります。当時オリエント急行の乗客で賑わっていたこの地区を当時の面影を追いながら、散策されるのも楽しいかもしれませんね。

いい忘れていましたが、ふと入ったゴディバは、もとは皆さんもご存じの通りベルギー創業で、ベルギーの王室ご用達チョコレートとして世界に知られていますが、現在はトルコの食品メーカー・ウルケル・グループが買収し、世界にチョコレートを販売しています。ゴディバ、オリエント急行殺人事件、アガサ・クリスティー、ペラ・パラスホテルすべてがトルコに繋がっていますね!
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