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トルコ旅行・ツアーブログ|トルコツアー旅行記

トルコの人々は皆イスラム教徒?政教分離の国トルコの宗教事情


トルコでは人口の多くはイスラム教徒となっています。街中に多くのモスクがあることから納得ですよね。
では私たち日本人は?と言うと…、「大半が仏教徒」と言われてもあまりピンとこないですよね。どちらかと言うと、無宗教という答えの方が近いかもしれません。実は、それと同じように、トルコの人々の中には「イスラム教徒」と言われてもピンとこない人は少なくないんです。ちょっと意外ですよね。
もちろん、イスラム教徒としての強い自覚を持ち厳密に教えを守って暮らしている人も多くいます。
そこで、ここではトルコにおける宗教の割合から歴史などについて解説していきます。

トルコの宗教|宗教信者の割合って?

ブルーモスク
トルコの身分証明書の記載事項には宗教の帰属の項目があります。このことから、トルコ国民の宗教構成の割合には正確な調査結果が存在し、その結果が“国民の99%がイスラム教徒”となっています。
では残りの1%はと言うと、東方正教会、アルメニア使徒教会、ユダヤ教、カトリック、プロテスタントなどの宗教を信仰する人々がいます。このようなごく少数となった背景には、オスマン帝国末期から現共和国成立までの間に少数民族排除の歴史的経緯があったからと言われています。

トルコと宗教|トルコ革命からの政教分離

トルコはイスラム諸国の中でも屈指の、宗教そのものに干渉するべきではないとする、非宗教性ないし宗教的中立性を意味する「世俗主義国家」としても有名です。後に「アタテュルク」という敬称を受ける、トルコ共和国を建国した“トルコの父”、「ムスタファ・ケマル」によって、1937年に政教分離を宣言します。これは、イスラム諸国では初めてのことでした。ここでは、世俗主義=政教分離に至るまでの歴史を簡単に説明していきます。

オスマン帝国(1299年~1922年)

オスマン帝国
1299年に建国されたオスマン帝国(オスマン・トルコ)は史上最も強大な帝国のひとつとして、623年もの長き間に渡って存続していました。オスマン帝国はアラブ系ではなくテュルク系(トルコ系)を君主とする多民族帝国で、20世紀まで続くイスラム王朝でもありました。
オスマン帝国を建国したオスマン家の民族は元々イスラム教徒でしたが、宗教には寛容で、「ミレット」という宗教ごとの共同体を構成させ、信仰・言語は自由で、裁判権も認められていました。そのため、オスマン帝国内にはキリスト教徒やユダヤ教徒も多数いました。
しかし、宗教の自由は許されたとしても、政治的支配権や法律制定権はイスラム教徒が独占しており、シャーリア(イスラム法)が施行されていました。
オスマン帝国末期、相次ぐ対外戦争での敗北に軍事的劣位を自覚しつつ、帝国の存続を目指して1830年代から「タンジマート」と呼ばれる改革を進めていきます。タンジマートでは様々な改革がありましたが、その中のひとつに国家の非宗教化もありました。ムスリムと非ムスリムの平等、および法の改革です。

トルコには、「ライクリッキ」という、独自の政教分離原則が憲法で詳細に規定されています。(日本語では、政教分離または世俗主義と訳されます。)
シャーリアを国家法としていたオスマン帝国では、タンジマート期(1839年~1876年)から、トルコの近代化、西欧化を目的とした国家の非宗教化が始まり、この動きを基礎としてトルコ革命に始まる一党支配の共和制期にライクリッキの原則が成立しました。

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トルコ革命~オスマン帝国の滅亡

アタテュルク
第1次世界大戦の敗戦後、トルコは諸外国による分割統治に抵抗します。これがトルコ革命(トルコ独立戦争)です。アンカラに抵抗政権を樹立したムスタファ・ケマルの下に集結して戦い、現在の領土を勝ち取りました。このトルコ革命によって、トルコは他のイスラム諸国とは一線を画す独自の国家路線を歩み始めます。
1922年にはトルコ大国民議会でスルタン制廃止が採択され、オスマン帝国は滅亡。翌1923年にローザンヌ条約を凍結し、共和国が樹立しました。そして、アンカラ政府を率いていたムスタファ・ケマルは、自ら大統領に就任しました。
ちなみに「アタテュルク」という敬称は、初代大統領になってから制定した創姓法によって与えられたもので、トルコ語で「アタ=父」、「テュルク=トルコ」=「トルコの父」を意味しています。

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政教分離=世俗主義

政教分離
トルコ共和国を建国した初代大統領「ムスタファ・ケマル・アタテュルク」(以下:アタテュルク)は、宗教と政治を分離しなければトルコの発展はないと考え、国家の根幹となる原理として「政教分離=世俗主義」を断行しました。
1922年にスルタン制が廃止された後、1924年にはカリフ(イスラム国家最高権威者)制も廃止、シャーリアの廃止と憲法を制定、さらには、ビジュラ暦(イスラム教で使われている暦法)の廃止や、600年以上も使われていたアラビア文字に替わってアルファベットを当てました。さらには、一夫多妻制も禁止し、1928年には憲法からイスラム教を国教とする条文を削除しました。

トルコには宗教庁がある?!

ディヤネット
トルコの政府組織にはディヤネットという宗教庁があります。トルコ共和国の建国以降、政教分離を国家の基本原理としていますが、宗教が政府から一切切り離されたわけではなく、イスラムを政府の意図の及ぶ範囲で管理するために宗教庁(ディヤネット)が設立されました。

信仰心と国家の発展の狭間で…

イスラム教はコーランの教えに従い、食生活から文化、習慣まで、厳しい戒律の下で暮らしますが、政教分離のトルコではそれらが一部禁止されていたりします。積極的に西欧の価値観や文化を受け入れる一方で、イスラム社会として近代化していく狭間で葛藤も存在しています。
2021年現在大統領を務めているエルドアンは、国際的な協調も図りながら、イスラム教の尊重、世俗化の見直しなどで多くの支持を受けました。

 
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トルコのイスラム教

トルコ
イスラム教は、西暦610年に誕生した宗教で、ユダヤ教やキリスト教と比べると比較的新しい宗教です。トルコは国民の99%がイスラム教徒(ムスリム)ということから、町中には多くのモスクが点在しており、人々の生活にもイスラムが深く根付いています。イスラム諸国の中でトルコは比較的緩いと言われますが、トルコのムスリムもイスラム教の五行である礼拝は行いますし、断食(ラマダン)も行われます。
ですが、例えば、イスラム教での決まりにある“ムスリム女性は家族以外の男性に肌を見せないようにスカーフで頭や顔を覆う”について、トルコでは公の場では禁止されていたりします。
政教分離のトルコでムスリムはどういった生活を送っているのか?簡単に説明していきます。

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トルコのムスリムの飲食は?

レストラン
トルコでの食事ですが、イスラム教で禁止されている豚肉はほとんどの人が食べません。ですが、イスラム教で禁止されているお酒は自由に飲む事が出来ます。豚肉は食べないけどお酒は毎日飲むと言う人もいるほど。
実際、トルコには「ラク」という名のお酒もありますし、実はワイン大国でもあります。
もちろん、中には敬虔な人々もいますが、トルコは他イスラム諸国に比べるとやっぱり緩く、イスラム諸国の中でも旅行しやすい国と言えます。

トルコでもラマダン(断食)

ラマダン
イスラム教の五行のひとつである断食。イスラムでは断食が行われる月の月名のことを「ラマダン(ラマダーン)」と言います。そのため、断食=“ラマダン”と言われることが多くあります。ちなみに、トルコ語では「ラマザン(Ramazan)」といいます。
比較的緩いトルコでも、ラマダン月には断食が行われています。宗教行事においては、他イスラム諸国と変わりありません。

そんなトルコでは、断食の月だから食べられる「ギュルラッチ」と言う名のスイーツがあります。ラマダン期間中にしか食べられないので、機会があれば味わってみたいスイーツです。
また、断食明けには「シェケル・バイラム(砂糖祭)」と呼ばれるお祭りもあります。ラマダンの1ヶ月が明けると3日間の祝日に突入します。甘いお菓子をたくさん食べてお祝いをするので、スーパーなどにはお菓子が山のように積み上げられています。この3日間の祝日は日本のお正月の“三が日”みたいなもので、会社や学校もお休みとなります。グランドバザールなどのバザールもお休みになるので、この期間の旅行は注意が必要です。

ラマダン=断食じゃない?!イスラムにおける意味と旅行者のマナー | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

トルコにある有名なモスク

ブルーモスク
トルコには有名なモスクが数多くあります。その中でも代表格なのがやっぱり、イスタンブールにある“ブルーモスク”でも知られる「スルタンアフメト・モスク」です。ブルーモスクは“世界一美しいモスク”と称されており、モスクの中に入った途端、広さと絢爛豪華なインテリアに思わずため息が漏れてしまうほど。

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また、同じくイスタンブールにある「スレイマニエ・モスク」も必見です。金閣湾を見下ろす高台に建つこのモスクは、イスタンブールで最も大規模なモスクで、大きさもさることながら内部の装飾も極めて美しく、16世紀に造られた彩色ガラスを用いたステンドグラスは注目です。

スレイマニエ・モスク(スレイマニエ ジャーミィ)はイスタンブールの人気観光名所 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

他にも見所のモスクは数多くありますが、トルコを旅行するならば、モスクも必ず訪れたい観光名所のひとつです。

トルコのキリスト教

ノアの方舟
イスラム教のイメージが強いトルコですが、実は歴史的に初期キリスト教布教の地でもあり、トルコ国内にはキリスト教所縁の神聖な場所が数多く残っています。
旧約聖書に登場する「ノアの方舟」が漂着したと言われる場所もトルコの最高峰「アララト山」(トルコ語ではアール山)なんです。実際に、アララト山では「方舟の遺骸」と思わせる物が発見されているそうです。そしてトルコには、別名“ノアの箱船プディング”とも呼ばれる「アシュレ」という伝統的なスイーツもあります。
そんな、トルコとキリスト教の関係について説明していきます。

ノアの方舟|伝説に登場するアララト山はトルコに実在する! | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

トルコはなぜキリスト教布教の地に?

キリスト
キリストの使徒たちはイスラエルから小アジアと言われる、カッパドキアのある地、現トルコの「アナトリア」を経て、ギリシャやローマへ布教されていきました。1世紀後半のアナトリアは、住民のほとんどがキリスト教徒だったと言われています。このことから、トルコはイスラエルの次に使徒たちの布教の足跡が残っている国なのです。

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初期キリスト教徒の隠れ家「カッパドキア」

カッパドキア
イスタンブールと並ぶ人気の観光地「カッパドキア」。キノコ状の岩に代表される奇岩の不思議な景観、地下何十mにも掘り下げられた地下都市など、カッパドキアには見どころが満載です。
その見どころの1つでもある地下都市ですが、実はキリスト教が大きく関係していたんです。

カッパドキアは、数千年前の火山噴火と長年の浸食作用によって今のような神秘的な自然風景を生み出しました。
カッパドキア地方はヒッタイト時代から通商路の要地として栄えていましたが、4世紀前後からはキリスト教の修道士が凝灰岩に洞窟を掘って住み始めます。凝灰岩は柔らかく削りやすいため、岩盤を掘り抜いて人が住み始めたと言われています。洞窟の中に住まなければならなかったのは、迫害を受けていたため。異教徒らに迫害された人々が、この地に隠れ住むようになったのです。
こうしてカッパドキアは初期キリスト教徒の隠れ家として、外敵から身を守りつつ、信仰を守り続け、洞窟内の天井や壁に見事なフレスコ画を残しました。

ギョレメ野外博物館では、キリスト教徒たちが生活した痕跡が数多く見られます。岩窟教会も数多く保存されており、保存状態の良いいくつかの教会ではフレスコ画を見ることができます。内部に描かれた絵は十字架をアレンジした素朴なものから、聖書のエピソードが細かに表されたものまでと多彩です。

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トルコにあるキリスト教ゆかりの地

アンティオキア 聖ペトロ洞窟教会
カッパドキア以外にも、トルコにはキリスト教ゆかりの地はまだまだあります。
まず1つ目が、トルコ南東部に位置する「アンティオキア」。キリストの12使徒であるペトロや伝道者パウロが布教の拠点とし、キリスト教が最も早くから広まった町でもあったため、キリスト教徒にとっては特別な場所です。町には各派の教会がありますが、“トルコで最も美しい10の教会”にも選ばれた、「ギリシャ正教会」が有名です。

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そして、観光地としても有名な「エフェソス」は、キリストの母マリアと12使徒のひとりヨハネが、キリストの死後に移り住んだ地としても知られています。エフェソスには「聖ヨハネ教会」があり、欧米の観光客はまずここを訪れると言われています。また、エフェソス遺跡の近くには、聖母マリアの終の棲家として知られる「聖母マリアの家」もあります。

聖母マリアってどんな人?その生涯や絵画の特徴、キリスト教における意味 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』
サンタクロース

また、キリスト教のイベントとして連想するのが「クリスマス」。クリスマスと言えば、”サンタクロース”は欠かせませんよね。「サンタクロース=フィンランド」と思う方がほとんどだと思いますが、実はサンタクロースの起源はトルコの「聖ニコラウス」という神父なんです。聖ニコラウスは4世紀頃、トルコ南沿岸の現アンタルヤ県とムーラ県の地域にあった古代都市ミラで、身寄りのない子供たちを助けていました。
聖ニコラウスの故郷、現在のアンタルヤ近郊の遺跡には「聖ニコラウス教会」が残っており、世界中からキリスト教徒が集まる観光名所にもなっています。

サンタクロースの起源はトルコ!モデルとなった聖ニコラウスとは? | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

イスタンブールにも歴史ある教会がいくつもあります。
「アヤソフィア」もそのひとつで、2020年にモスクに帰化しましたが、元は6世紀に教会堂として建築され、ギリシャ正教の大本山として君臨していました。内部には、アヤソフィアを美しく飾るキリスト教のモザイク画が残されています。
また、「カーリエ博物館(コーラ教会)」は11世紀頃に造られた教会で、壁や天井はビザンチン時代の貴重なモザイク画やフレスコ画で埋め尽くされています。内拝廊のドームには、対になったキリストと聖母マリアの系図がモザイクで描かれ、周りには聖母マリアの生涯やキリストの起こした奇跡が表されています。

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トルコのユダヤ教

トルコのユダヤ教
ユダヤ教とは、唯一神ヤハウェを信仰する一神教で、歴史はとても古く、成立は紀元前1280年頃。世界で最も古い宗教などとも言われています。一神教という点は、イスラム教やキリスト教にも共通します。
現在は、イスラエルを中心に全世界で約1,700万人が信仰していると言われており、ユダヤ教を信仰する人々を「ユダヤ人」とも言います。トルコとユダヤ教の関係についても説明していきます。

トルコのユダヤ教の歴史

サルデス
トルコにもユダヤ教に関する歴史はあり、紀元前4世紀以来アナトリアにはユダヤ人のコミュニティがあったと言われています。また、エーゲ海からほど近いサルディスで発見されたシナゴーグ(ユダヤ教会堂)の遺跡は紀元前2世紀のものと考えられています。このように、キリスト教やイスラム教が発展するだいぶ前から、現在のトルコの地にユダヤ教は存在していました。

現在、トルコのユダヤ人の大半はイスタンブールに住んでおり、大半がセファルディ系(スペインの文化や伝統を持つユダヤ人/スペイン系ユダヤ人とも言う)となっています。セファルディ系が多い背景には、スペインで迫害を受けた背景が関係します。
元々スペインには、長期間に渡りキリスト教徒、イスラム教徒、そしてユダヤ教徒が暮らしていました。ところが、ローマ・カトリック教会の宗教裁判によって迫害を受け、1492年には、スペインの国王フェルナンドとイサベル女王の命令により、15万人ものユダヤ人がスペインから追放されてしまいます。この時、ユダヤ人だけでなくイスラム教徒も追放されました。
スペインを追われたユダヤ人は世界各地に散らばりますが、その中でも最大の移住先がオスマン帝国でした。やがて、コンスタンティノープル(現イスタンブール)は、偉大なラビ(ユダヤ教の聖職者)たちや学者によって知られ、ヘブライ語書籍の印刷の中心地となっていきました。
しかし、17世紀になるとユダヤ人の運命は暗転します。ユダヤ人は「オスマン帝国の衰退の元」という濡れ衣を着せられてしまい、ユダヤ人の多くは他の国へと移住し、その大半が北・南米に住むようになりました。

ユダヤ人を救ったトルコの外交官

第二次世界大戦になると、ドイツとその同盟国に対する同情心が強かったが、トルコは中立国の立場を崩さず、ホロコーストの恐怖から逃げるユダヤ人に活路を与え続けました。その結果、トルコの隣国のギリシャではユダヤ人のほとんどがナチス軍によって滅ぼされてしまいましたが、トルコのユダヤ人は命を取りとめることが出来ました。
また、この時に多くのユダヤ人を救ったトルコの外交官がいます。当時のロドス島駐在トルコ領事の「セラハティン・ウルクメン」という人物です。そのロドス島では、オスマン帝国時代から400年近くユダヤ人が栄えていました。
ウルクメンはナチス当局による執拗な嫌がらせを受けながらも、ユダヤ人に支援を続けました。危険を冒してまでユダヤ人を救っていたのです。後の1989年、イスラエル政府はウルクメンに、「諸国民の正義の人」として、「ヤド・バシェム賞」を授与しました。
ちなみに、このヤド・バシェム賞は“東洋のシンドラー”とも呼ばれた「杉原千畝」も日本人では初で唯一、受賞しました。

トルコにあるシナゴーグ

シナゴーグ
シナゴーグとはユダヤ教の会堂で、ユダヤ人にとって礼拝の場でもあり、社会生活や宗教生活の中心とした大切な場所です。言うならば、キリスト教の大聖堂・教会、イスラム教のモスクにあたります。
シナゴーグは世界中にあり、もちろんトルコにもあり、イスタンブールにもあります。トルコに数あるシナゴーグの中でも最も大きいシナゴーグが、ギリシャ、ブルガリアとトルコを結ぶ国境の町「エディルネ」にあります。それが「エディルネ・ブユック・シナゴーグ」です。

1905年のエディルネの大火事で当時そこにあったシナゴーグは壊滅状態になってしまいますが、祈りの場所を必要とした多くのユダヤ人が当時のスルタンの許可を得てエディルネ・ブユック・シナゴーグは建設されました。
2015年に改装が終わったこのシナゴーグは、1200人も収容できる大規模なシナゴークで、トルコで最も大きく、ヨーロッパでも3番目の大きさを誇ります。
エディルネには、世界遺産にも登録されている有名な「セリミエモスク」などもありますが、明るい暖色系の外観をしたこのシナゴーグもとても目を引きます。町の中心部からは少し離れていますが、エディルネに来たら訪れたい場所のひとつです。

トルコみやげの定番!お守り「ナザール・ボンジュウ」って?

ナザールボンジュウ
トルコのお守りとして有名な「ナザール・ボンジュウ(Nazar boncuğu)」。青いガラスに目玉が描かれたお守りで、トルコの代表的なお土産でもあるのでどこのお土産屋さんにも置いてあります。トルコを訪れた人であれば、必ずと言っていいほど目にしていると思います。ナザール・ボンジュウのナザール(Nazar)はアラビア語では「目」、トルコ語では「災いの目」、そしてボンジュウ(boncuğu)はトルコ語で「ビーズ」を意味しています。なお、ヨーロッパ圏では「イーブル・アイ(魔眼)」とも呼ばれています。

ナザール・ボンジュウはトルコに古代から伝わる魔除けで、邪視から災いを跳ね除けると信じられています。トルコや中近東では、嫉妬深い人から出る悪霊や、発せられる妬みの眼差し(邪視)が災いの元凶と言われているため、こういった邪視を跳ね返すことが自分の災いをもたらさない最良の方法と信じられてきました。
中東や北アフリカ地域では、ファトマの手とも呼ばれる、手の甲を模した飾りに目の模様をつけたお守りがあります。

ナザール・ボンジュウはどこからきた?

エフェソス
トルコ語で災いの目を意味する「ナザール」ですが、それは古来の考え方からなっており、「シャーマニズム」にまで遡るとされています。シャーマニズムの考え方によると、青い目は“良い方へ信じる天の神様の目”として表しており、つまり、地上の神様が自分たちを邪視から守っているという意味になるそうです。
ただその他にも、古代エジプトの神である“ホルス神の目”をモチーフにしているとか、ギリシャ神話の女神“メデューサ”の目という説などもあり、ナザール・ボンジュウの起源は諸説あります。

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ナザール・ボンジュウはどこに飾ってもOK!

ナザール・ボンジュウは基本、玄関や各お部屋、車の中など、どこに飾っても良いとされています。赤ちゃんの服や枕、ベッドにもナザール・ボンジュウの模様やピンなどを付けたりします。これは、可愛い赤ちゃんが悪魔に魅入られてしまわないようにという意味が込められています。そして、ナザール・ボンジュウが割れたとき、“自分の身代わりになってくれた”と信じられています。こうして、ナザール・ボンジュウは今も昔もトルコの人々にとって大切にされてきました。
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ナザール・ボンジュウの起源「シャーマニズム」って?

シャーマニズム
トルコですが、国土の大半を占めるアジア側のアナトリア半島(小アジア)と、トルコ最大の都市でヨーロッパ側にあるイスタンブールは、古代からヒッタイトや東ローマ帝国(ビザンツ帝国)など、様々な民族、文明が栄えた地でした。また一方で、北アジアではトルコ(テュルク)系民族として突厥が552年にモンゴル系民族の支配から独立をしました。
その北アジアの遊牧騎馬民族には古くから「シャーマン教」というものがありました。シャーマンは英語ですが、言葉の語源はトゥングース語の「サマン(巫)」と言われています。
シャーマン教とは、天地万物に精霊がいると信じるアニミズムを基盤とし、巫が神がかりになって天神精霊と人間との媒介者となって予言を行い、病気を治すと言われているものです。

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しかし、8世紀にアラブ軍がサマルカンド(ウズベキスタンの古都)に侵入すると急速にイスラム化が進んでいきます。やがて、中央ユーラシアの遊牧民はトルコ系とモンゴル系に分かれ、トルコ系はその後イスラム教徒に、モンゴル系は16世紀以降にチベット仏教徒になっていきました。
シャーマン教が盛んだったバイカル湖周辺では今もシャーマンが生き残っています。

トルコの建築遺産は多種多様!

ヒポドローム
トルコは昔から様々な民族や文明が栄えた地でもありました。その歴史背景はとても深く、トルコの建築遺産の内容は実に多種多様です。オスマン時代やイスラム関連のものだけではなく、キリスト教やユダヤ教など、異なる宗教や文化に属する様々な建築遺産もあります。日本人にとって宗教はなかなか馴染みがありませんが、こういった宗教背景も知って旅行に訪れると、また違った目線で物事を見ることができ、旅の醍醐味につながっていくと思います。

 
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