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【超解説】カッパドキア旅行で絶対に行きたい観光スポット25選


カッパドキアは、自然遺産と文化遺産のどちらの基準をも満たす複合遺産が存在する、世界でも珍しい場所です。トルコでも指折りの人気観光スポットで、地球の神秘を感じる奇岩群、未だ謎に包まれた地下都市、初期キリスト教の貴重な遺産など見どころが満載。広いエリアに名所が点在しているので、十分に満喫するには現地の観光情報をあらかじめ知っておくことが大切です。

そこでこの記事では、トルコ旅行を知り尽くしたプロが、カッパドキアの魅力や観光スポット、現地滞在をさらに充実させるおすすめアクティビティ、最適なツアーの選び方について解説します。

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カッパドキア旅行・観光の案内ビデオ(2分31秒)

カッパドキアの発掘の歴史

カッパドキアは、アナトリア中央部の四方を山に囲まれた高原地帯です。今からおよそ1500万年前までこのあたりは広大な内海でした。カッパドキアの近郊にある塩湖(トゥズ湖/Tuz Gölü:1620平方km)はその名残です。
この内海が干上がった頃、地中海沿岸のタウロス山脈に住む旧石器狩猟民たちが、内陸部、カッパドキア地方の大部分を占める現在のコンヤ平原の肥沃な土地に向かって、移動し始めたと言われています。

カッパドキア近郊のチャタル・ヒュユクの丘は、これまでに発見された中で最大の新石器時代の遺跡としてユニークなものです。発掘はまだほんの一部行われたにすぎませんが、その出土品によって先史時代の独特な文化の担い手としてのアナトリアの役割が明らかになってきました。これらの出土品は紀元前6500年から5500年頃のものと推定され、アンカラのアナトリア文明博物館に展示されています。

出土品の中で注目すべきものは人工の壁に描かれた最古の壁画です。壁画のひとつには、えんじ色の矩形が並び、ピンクに赤のふちどりの二つの山型がみられます。

この絵の下の部分が居住地の図だと考えると、上の二つ並んだ山型はハッサン火山(Hasan Dağı)と思われます。一つの山の上方に赤い点々が見えますが、ハッサン火山は紀元前2世紀まで活火山でした。そうしたことから、この壁画はこれまでのところ最古の地図だといえます。

遺跡発掘の結果、青銅器時代においてもアナトリアは独特の文化を創りだしていた事が分かってきました。
メソポタミア地方以外で私たちが知っている国々の中では、古代の民族ハッティが最も早く文明化された国で、その言語や宗教についても多少知られるようになってきました。

ヒッタイトの首都「ハットゥシャ」という名には “ハッティの住むところ”という意味があります。
そして、ハットゥシャから遠くない、アラジャホユックにある歴代のハッティ人の王の墓地からは、貴重な金や青銅の財宝がみつかり、それらは今アナトリア文明博物館に展示されています。

紀元前2000年ころ、インドヨーロッパ語族のヒッタイトが、ボスポラスとダーダネルスの両海峡を越えやって来て、アナトリア諸国に支配力を振るうようになりました。ハットゥシャの王家の公文書庫から出土した楔形タブレットはまだ断片的にしか解読されていませんが、古代世界史上においてヒッタイトが極めて特殊な位置を占めていたことを示しています。

ヒッタイトの歴史とハットゥシャ遺跡|トルコ世界遺産(文化遺産・1986年)| トルコ旅行 トルコツアー・観光なら、安心の『ターキッシュエア&トラベル』におまかせ!

カッパドキアの不思議な奇岩群はどうやってできた?

カッパドキアの自然環境は、数百万年前の火山の噴火によって造られました。
太古の昔、アナトリア高原のエルジャス火山(Erciyes Dağı /3,916m)が大噴火をしました。その大噴火によって辺り一面に堆積した火山灰や溶岩が長い年月とともに雪や雨、風や太陽の自然の作用で侵食され、ピラミッド形の何とも奇怪な岩層を形成したのです。この世のものとは思えないカッパドキアの美しさと不思議さは、言葉で言い尽くし難いものがあります。

噴火によって発生した岩は長い時間をかけて風化し、まるで煙突のように林立している非常に珍しい景観を臨めます。
カッパドキアの数ある奇岩群の中でも特に観光名所として有名なのが「3姉妹の岩」「妖精の煙突」「らくだ岩」の3つです。

カッパドキアは世界遺産として人気の観光名所

カッパドキアはトルコのほぼ中央、アナトリア高原に位置するエリアを指す呼び名です。ペルシャ語で「美しい馬の土地」を意味します。また、大奇岩群のことを指す名称としても使われています。1985年に「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群」として、ユネスコ世界遺産リストに登録されました。自然遺産と文化遺産の両方の特性を兼ね備えた、世界でも珍しい複合遺産です。

かつてはヒッタイト帝国時代の交易でも栄え、シルクロードの終着エリアでもあったこの地域は、絨毯や伝統工芸品、ワインなど特産品が数多くあり、観光地としてはトルコ内でも屈指の名所となっています。そのため国内外から多くの観光客が訪れており、2019年上半期には過去3年間と比べ85%増となる、約125万人の観光客がカッパドキアを訪れたとトルコ・ラジオ・テレビ協会は報じました。

カッパドキアの地理的境界はあいまいですが、そのエリアは実に広大です。観光スポットとして人気のある部分だけに限定してもかなりの広さがあるため、旅行で訪れた際は最低でも2~3泊してゆったりと過ごすことをおすすめします。



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カッパドキアの歴史的背景

ヒッタイトがアナトリアヘやって来た頃、カッパドキアにはいくつかの小国とアッシリアの交易都市がありました。カイセリに近いキュルテペ(古代のカネシュ)は交易都市の中でも最も重要な町でした。
紀元前1200年頃、ヒッタイト帝国が滅んでアナトリアの暗黒時代が始まり、その後紀元前6世紀にリディア(首都サルディス)の属国になるまでカッパドキアに関する消息はほとんどありません。紀元前6世紀半ば、リディア王クロエソスは、アケメニッド王国のキュロス大王に敗れカッパドキアを失いました。

紀元前333年、アレクサンダー大王の遠征の後、紀元後17年にローマの属州となるまでの間、カッパドキア地方は比較的自由な時代でした。この時期、カッパドキアを支配した地元の諸王朝の中で、紀元前332年にアリアラテスが樹立した王朝が一番重要なものと言われています。

ローマ帝国も、続いてやってきたビザンティン帝国も、この地域の文化を吸収しようとはしませんでした。なぜなら彼らの関心は、道路を確保し交易ルートを守ることと、この広大な平原の労働力をビザンティン軍のために有効に使う事にしかなかったからです。

その後、支配階級や軍隊は便利な地点に駐留しそこに町ができていきます。
ゾロパスス(Zoropassos)~現在のギュルシェヒル(Gülşehir)、ソアンドス(Soandos)、ペリストレマ(Peristrema)~現ベリスルマ(Belisırma)、コラマ(Korama)~現ギョレメ(Göreme)、ソアンダス(Soandos)~現ネブシェヒル(Nevşehir)などがローマとビザンティンの時代の中心都市として発達していきました。

カッパドキア
この地方の住民はいつも岩の多い場所に好んで住んでいました。石を利用し、あるいは自然の岩を穿って、山の上や谷、深い峡谷の岸辺に家を作りそこに住んでいました。穴から地中にもぐり、岩の割れめや迷路のような隠れ家に住んでいた事から、10世紀のビザンティンの歴史家は、カッパドキアの住民はかつて世捨て人と呼ばれたと言いました。

住民の多くは主に農業に従事しており、特にぶどう栽培と家畜の飼育が主な仕事でしたが農地や牧草地は町に住む地主のものでした。住民は、作物の大部分を占領軍や、神殿の維持のために供出するよう強制されていました。

2世紀にキリスト教が知られるようになったころ、カッパドキアはさまざまな思想、哲学、東方諸宗教の入り乱れるつぼでした。初期のキリスト教徒はおそらく、ローマの宗教的迫害から逃れてきた人々で、キリスト教徒の大部分は、タウロス山脈全域を占領したアラブ人の支配からカッパドキアヘ避難してきた人々でした。

これらの新しい住人たちは、丘の斜面を掘り、岩を刻んで教会を造り、内部をフレスコ画で飾ります。こうしてカッパドキアの岩石地帯は修道院や修道士の祈り、教会などの大展示場の様相を呈するようになりました。

11世紀後半にセルジュク族がやってきたときには、カッパドキアには1000を越える宗数的施設があったそうです。カッパドキアのキリスト教社会と、イスラムのセルジュクトルコの関係は友好的でしたが、14世紀に入るとオスマン帝国に吸収されてしまいました。キリスト教信者のギリシャ人たちは、後世のトルコとギリシャの人民交換政策により、1920年代にカッパドキアを離れることになってしまいました。

カッパドキアの宗数的背景

この地域は交易ルートの交差点だったので、さまざまな思想、信条、哲学、宗教が入り乱れて入ってきました。1世紀の半ばに聖パウロがここを訪れたときは、ゼウス、ミトラ、アティス、ディオニソス、地母神などの神々がひとつ、または一緒くたに崇拝されていたに違いないと考えられます。その為、新しい宗教はこれらの既成宗教と対決しなければなりませんでした。


聖バジル、ナジアンザスの聖ジョージ、カッパドキアのニサの人、聖グレゴリーは、これらの異教信仰と立ち向かい、当時のキリスト教思想を形成するのに力を尽くしました。

中でも、聖バジルはギリシャ正教会の4人の教父のひとりとされ、カッパドキアの教会にもしばしば、肖像が描かれています。(他の3人というのは、聖ジョン・クリソストム、ナジアンザスのグレゴリー、そしてアタナシウス)

彼はカエサリアの裕福な家庭に生まれ、コンスタンティノープルとアテネで学問を修めました。そして広く各地を旅した後、貧しい人々に自分の財産を分け与え、自ら定めた厳格な規律に基づく修道的共同体の創設に献身しました。

 
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カッパドキアの天気|観光のベストシーズンは?

カッパドキア 気球ツアー
カッパドキアは1年を通して観光ができますが、旅行のベストシーズンは4~11月にかけてです。夏は東京と比べると少し涼しくなりますが、最も気温の上がる7、8月には最高気温が30度になります。

一方で最低気温は15度ほどと寒暖差が激しいです。気温変化に合わせることのできる衣服の準備をして出かけましょう。真夏は日差しも非常に強いので、帽子やサングラス、長袖服などのアイテムで紫外線対策もしてください。

カッパドキアの位置する中央アナトリアはステップ気候です。年間で最も雨量の多い5月頃でも月間降水量は東京の真冬並みの50mm程度で、やや乾燥している地域といえます。

草原気候の中にも日本と同じように四季を楽しむことができ、秋には紅葉に染まる岩山の木々を、冬には雪が積もって白くなった奇岩群の景色を楽しめることもありますが、最低気温は氷点下にもなるため防寒対策は万全にしましょう。自分が体験してみたいことや見てみたい風景などを考慮したうえで、観光する季節を選ぶといいでしょう。

カッパドキアの平均気温 (℃):

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
カッパドキア 1 2 5 10 15 19 21 21 17 12 6 2
イスタンブール 6 6 7 11 16 20 23 23 20 16 12 8

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カッパドキアで絶対行きたいおすすめ観光名所25選

ギョレメ野外博物館・岩窟教会観光

カッパドキアには全部で1000以上の教会があり、そのうちの150くらいには壁画や彫刻の装飾がみられます。ギョレメの谷の曲りくねった斜面には、修道士たちが好きなように教会を作るうえで便利であった為この谷には30以上の岩窟教会があります。それらの教会が野外博物館として公開されています。
カッパドキアの建造物の多くは、岩を丸ごと掘って作られていますが、これは安全性のためと同時に、他から隔絶していたいがためでもありました。見つけにくい小さな穴を除いては、外観からそれとわかる目印はありません。小穴は入口、窓、明り採りの役を果たしていました。

ギョレメ
ギョレメの岩窟教会は、カッパドキアにあるこの種の建築の最高例でもあります。岩窟教会の外観は、保護のためカモフラージュされており、豪華で変化に富む内部とは対称的です。その為、旅行者はガイドも予備知識もないまま歩いていても教会を見つけることは難しいと思います。しかし華麗さはあっても建築学上は一派がこの地方にいたと思えるほどの特徴は見当たらないそうです。

3つの側廊のある聖堂、横の身廊と丸天井のある教会、十字平面の教会がよくみられるタイプです。教会にはポーチやチャペルがつけ加えられていますが、測量や方向配置の間違いも多かった様です。建築様式の特徴の多くは、シリア、パンフリア、ビザンティンといった近隣諸国の借りものでした。

自然のままの凝灰岩を切ったり掘ったりして教会を作るのは、材料を運んだり組み立てたりするのに比べて容易かったと思われます。ですが、ギョレメの円柱教会(エルマル・キリセ、カランルク・キリセ、チャルクル・キリセ)をみると、建築家たちがいかに材料に精通し、巧に作りあげたかが良く分かります。
彼らは内部の建築で構造上必要のない、円柱、半円柱、柱頭、穹隅、つけ柱やドームも岩を掘って作っていました。ですが、いずれも実用的に必要な要素はなかった為、仮にどれかがくずれても建物自体には影響はないものでした。

そして、それぞれの教会には壁画や洞窟の特徴を語るようなトルコ語の呼び名が付けられています。また、保存状態の良い教会ではフレスコ画を見る事も出来ます。描かれたフレスコ画には十字架をアレンジした素朴なものから聖書のエピソードが細かに表されたものもありました。

そんな「ギョレメ野外博物館」の中に数ある教会の中でも特に押さえて頂きたい教会を下記に紹介します。

【カッパドキア】ギョレメ野外博物館の洞窟教会のご案内 | トルコ旅行 トルコツアー・観光なら、安心の『ターキッシュエア&トラベル』におまかせ!

トカル・キリセ(Tokalı Kilise)

トカル・キリセはカッパドキアで最大の岩窟教会のひとつであり、フレスコ画も最も良い状態で保存されています。大きな修道院の主たる教会であったに違いありません。トカル・キリセの意味は「留め金具の教会」で、これは新教会として知られる聖堂第二身廊のアーチに彫られた装飾の形に由来します。
トカル・キリセの建築様式は、この地域の他の教会とは少し異なっており、メソポタミア方式として知られる横の身廊を備えた様式となっています。もともとひとつの身廊と丸天井を備えた初期の教会(いわゆる旧教会)には見られない中庭も付いています。

トカルキリセ
旧教会にあるフレスコ画は10世紀以前のもので、彼らはまず円天井南側の頂点から描き始めました。
描かれたテーマ下記のような聖書のエピソードが表されているものがほとんどでした。

「受胎告知」、「聖母マリアのエリザベト訪問」、「処女の証明」、「ベツレヘムヘの旅」、「キリスト降誕」、「三博士の礼拝」、「幼児大虐殺」、「エジプトヘの逃亡」、「ザカリアの殺人」、「エリザベトの飛行」、「洗礼者ヨハネの叫び」、「洗礼者ヨハネの予言」、「キリスト、ヨハネと会う」、「洗礼」、「カナの奇跡」、「使徒の叫び」、「パンと魚の奇跡」、「盲人を癒す」、「ラザルスのよみがえり」、「エルサレム入城」、「最後の晩餐」、「ユダの裏切り」、「ピラトの前のキリスト」、「ゴルゴタへの道」、「磔刑」、「キリスト降架」、「埋葬」、「埋葬所の聖女たち」、「冥府降下」。
そして、北壁の低い部分には一面に聖人も描かれています。

新教会の大きな横の身廊には、三つに分かれた円筒アーチ型の天井もあります。身廊の壁には一連の壁龕があり、それがフレスコ画に深みを与えています。新教会のフレスコ画はビザンティン美術の最高例であり10世紀後半に描かれたものです。

北側後陣に断片的に見られる銘には、
『内陣は、コンスタンティンの息子レオンの寄進により…… ニケフォロス…… 飾られた。これを読むものは彼らのために神に祈るべし、アーメン』
これを読み取ると、コンスタンティンの息子レオンは寄贈者で、ニケフォロスが画家を意味すると考えられます。

新教会の身廊北側の通路は隣の礼拝堂へと続いていましたが、このような通路のいくつかは後になって閉鎖され、フレスコ画が描かれました。

円柱教会

ギョレメ地方屈指の三教会は一般的には「円柱教会」として知られています。
  • エルマル・キリセ(Elmalı Kilise):りんごの教会。
    かつて入ロの傍にりんごの木があったということからこの名で呼ばれるように。
  • カランルク・キリセ(Karanlık Kilise):暗闇の教会。
    礼拝堂の中にほとんど光が入らないことからこの名が付きました。
  • チャルクル・キリセ(Çarıklı Kilise):サンダルの教会。
    フレスコ画の人物がサンダルをはいていることから、あるいは教会の床の二つの窪みが聖人の足跡とみられるからともいわれていることからこの名が付きました。

ギョレメの岩窟教会
これらの三つの教会は11世紀半ば頃に作られたと言われています。ちょうどビザンティン帝国の東部国境がトルコの侵入に脅かされていた頃で、ビザンティン皇帝の政治力は弱かったがまだ宗教芸術の核心であり、カッパドキアのようにビザンティン側に変わった国にとっては、発想の源でもあり手本でもありました。

この三つのうち二つの教会には食堂が残っていることから修道院に属する教会であったことが分かります。また、教会を建て内部を飾るための資金を寄進した人々の名前が部分的に絵の中に見られ、カランルク・キリセ(暗闇の教会)では4人、チャルクル・キリセ(サンダルの教会)では3人の名前が記されています。
絵の中の人々の服装から判断して、彼らは軍貴族ではなく、富裕な大地主であっただろうと考えられますが、地方の農民が牧畜によって大金持になったという記録もあります。

建築学上の細かな違いや画法の違いはあってもこれらの教会は同じ学派の手によるものと思われます。ミレトスの近くのラトモス洞窟、中央ギリシャのホシオルカス教会の地下室、キプロスにみられる壁画などから、おそらく各地の教会を渡り歩いた画家たちがいたことが考えられます。

この修道院方式は「カッパドキア方式」といわれています。絵については何ら美的目的というものはなかったので美的水準もないように見えますが、隠者や修道士たちがこの絵の前で瞑想していた姿が想像出来ます。

絵には農民芸術の生き生きとした活力がみなぎっています。人物の表情は感情豊かで、大ざっぱな力強い輪郭で描かれており、直接的な感情表現で単純な物語を率直に語る効果を上げています。また、建築学的にも、他の教会よりも一段と上の力量が感じられます。

エルマル・キリセ(Elmalı Kilise)

りんごの教会とも呼ばれているこの教会はひとつの十字平面が彫られています。柱頭をもった4本の円柱が中央の隔室を形づくり、それをとりまく8つの副格間もドーム形をしています。主後陣はチャルクル・キリセと同様に壁でさえぎられています。
この教会の画法としては広範なレパートリーを持っているも、中央と壁の下部の絵はひどく破壊され、残っているフレスコ画にも寄贈者の肖像は見られません。
描かれているフレスコ画の主なテーマは以下のとおりです。

中央ドーム:「キリスト・パントクラトール」、小ドーム:「大天使」、後陣半円形天井:「ディーシス」、後陣壁:「聖人たち」、北側後陣:「聖母子」、南側後陣:「大天使ミカエル」、十字天井とルネットの壁上部:「キリスト降誕」「三博士の礼拝」「洗礼」「キリストの変容」「ラザルスのよみがえり」「エルサレム入城」「最後の晩餐」「ユダの裏切り」「ゴルゴダヘの道」「磔刑」「埋葬」「埋葬所の聖女たち」「冥府降下」「昇天」、壁パネル:「アブラハムと3人のヘブライ人のもてなし」

エルマルキリセ

カランルク・キリセ(Karanlık Kilise)

暗闇の教会とも呼ばれるこの教会、円柱教会の建築や壁画は同じ流派の手によるものと思われますが、よく見ると他の二つとは少し異なっています。建築上、独自により教会らしく作られており、ドームと丸天井は円柱の上に置かれ本物の建築物のようにみえます。肖像画は教会の構造に合わせて枠の中に念入りに描かれ、建築家や画家は時間的にも経済的にも良い条件の下で仕事をしていたことが伺えます。
青い色は高価な鉱物である藍銅鉱から採れ、ここでは他の教会よりもふんだんに使われています。エルマル・キリセ(りんごの教会)とチャルクル・キリセ(サンダルの教会)では、青のかわりに灰色が多く使われていた事から、建築家や両教会の待遇はカランルク・キリセほど良くはなかったに違いないと考えられます。

カランルクキリセ

チャルクル・キリセ(Çarıklı Kilise)

サンダルの教会とも呼ばれるチャルクル・キリセに残っているフレスコ画の配置は、
中央ドーム頂上:「パントクラトール」、穹隅:「福音書をかく4人の伝道者」、補助ドーム:「ミカエル」「ガブリエル」「ウリエル」、内陣しきり:「受胎告知」、丸天井と隣接するルネット:「キリスト降誕」「三博士の礼拝」「洗礼」「キリストの変容」「ラザルスのよみがえり」「エルサレム入城」「ユダの裏切り」「ゴルゴダヘの道」「磔刑」「冥府降下」「埋葬所の聖女たち」「キリスト昇天」、北側後陣ルネット:「アブラハムのもてなし」、中央後陣半円形天井:「ディーシス(キリストの肖像)」、中央後陣壁:「6聖人」となっています。

西側径間の西壁には寄贈者のパネルがあります。肖像と銘には、『神の忠実なしもべ、テオグノストス(Theognostos)、レオン(Leon)。ミカエル……』などと読みとれます。
パネルの中央に描かれたキリストの十字架を手にしているのは、おそらくキレーネのシモン(Simon)だと思われています。

チャルクルキリセ

聖バルバラ教会

11世紀後半、小さな側廊がひとつ、または十字平面のドームのある教会がギョレメの谷に幾つか建てられました。聖バルバラ教会とユランル・キリセはその中のひとつです。これらの教会の装飾はかなり幼稚なもので、絵は岩に直接、うすく漆喰を塗った上に描かれています。
この方式がカッパドキアではじめて使われたのは、ゼルヴェの例もあるように偶像禁止以前のことでした。主に使われている色はオークルレッド(赭土色)ですが、赭土、孔雀石、マンガン等の鉱物はアナトリアではたやすく手に入り、先史時代から使用されていました。赤い十字架は、建物全体を聖域化することを意味しています。

教会に残っている絵の中で、後陣には王座のキリスト像があり、北壁には聖バルバラの肖像と聖テオドールとジョージが見られます。そして、聖人の間に残って見える銘には、『神よ、汝のしもベ ファリボンを……レオン、マルリネスを救いたまえ』と書かれており、記されている名前はこの教会の寄贈者のものと考えられます。

この時期のキリスト教徒たちは具象画よりも、秘教的象徴により心惹かれていました。鳥や魚や動物の絵は一見したところ単なる装飾のように見えますが、彼らにとっては何らかの深遠な意味を持って描かれていたと考えられます。

聖バルバラ教会

ユランル・キリセ(Yılanlı Kilise)

この教会は「蛇の教会」とも呼ばれています。11世紀後期に建てられたギョレメの教会に共通しているのは、単純な赤の線画と、聖像のように枠にはめ込まれたキリストや聖人の像などです。聖バルバラ教会とユランル・キリセはその例でもあります。
中に入ると横の身廊の西壁に聖バジル(Basil)、聖トマス(Thomas)、聖オノフリウス(Onophrius)が並び、その反対側にはコンスタンティン大帝とその母聖ヘレナが、キリストの本物の十字架を手にして描かれています。

その隣には聖ジョージ、テオドロスの蛇退治の場面が描かれています。
聖テオドロスはローマの兵士でしたが、ポントスのアマシアで同僚たちが異教徒の礼拝に加わることに反対して地母神の神殿を焼き払いました。その後、彼は拷問にかけられ殺され、死体は炉に投げこまれました。
ですが、4世紀に入ってから、彼は3人の偉大な軍人のひとりとして崇められました。(他の二人は聖ジョージと聖デメトリオス)

聖オノフリウスは4~5世紀頃、エジプトの砂漠に暮らす隠者でした。もともとは修道院の僧でしたがある日天啓を受け、孤独な生活を求めて砂漠へ向かいます。
聖オノフリウスが砂漠で飢えと渇き、暑さや激しい誘惑に苦しんでいた為、神は慰めで食物としてナツメヤシを与えました。やがてナツメヤシは砂漠の彼の小屋のそばで大きく育ちました。彼は70年もの間、木の葉を腰にまいただけで暮らしました。髪の毛は地面まで届くほどの長さだったと言います。

ユランルキリセ
聖オノフリウスの名声は遠くカッパドキアにまで及びます。ローマには彼の名に因んだ教会もあるほど。ですが、カッパドキアの人々の口から出る彼の物語は誇張されていました。
その物語によると…

もともと聖オノフリウスは女だった。
はじめは、みだらで軽薄な女だったが、後に男達の欲望から身を守りたいと神に祈った。
万人に寛大なる神は、フレスコ画で醜く見せるために男のように長いひげをはやさせた…

この話は、おそらく裸体の誇張された胸の郭と、木の葉を下帯に使っている事から考えついたのだと考えられます。当時のフレスコ画家たちが“生身の人体”をどう扱ったらよいかを知っていたとは思えませんが、長い髪とあごひげ、腰にまとった木の葉で裸体を表現したのは上出来だったと思われます。
なお、聖オノフリウスを古代ヘルモアフロディテの中世における再来だという人もいます。

この内容の物語は、小さなガイドブックにまで載せられていて聖人伝より面白いです。

ギョレメ野外博物館の入場情報

名称 Göreme Açık Hava Müzesi
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 75TL、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 50分程度
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

ゼルヴェ野外博物館

カッパドキアの中でも、ゼルヴェ狭谷はとりわけ風変わりなところでもあります。幾つもの峡谷が一点に集中し、自然の円形闘技場のようにもみえます。峡谷の斜面には聖堂や大小の住居が蜂の巣のように集まり、ここがかつてこの地域でも最大級の生活共同体であったことが推測出来ます。

少なくとも50年前まではここに人が住んでいましたが、月日と共に岩がもろくなってしまいこれ以上の人口を支えきれなくなり、崩壊の危険を避けるために人々は「イェニゼルヴェ(新ゼルヴェ)」という近くの村に移り住みました。

ゼルヴェ
ゼルヴェの教会は、時の流れと気候条件、そして人間達によって次第に損なわれ今は多くは残されていませんが、悪条件の下でも初期の壁画がいくつか残っていることは注目したい点です。

建築学上、初期の特色といえるのは岩の天井部分に彫られた巨大な十字架です。今でもウズムル・キリセ(Üzümlü Kilise)やゲイクリ・キリセ(Geyikli Kilise)など、幾つかの教会で見られます。カッパドキアの住民は、十字架に対して受難に打ち勝つものとしての特別な畏敬の念を抱いています。十字架ヘの人気をみると、偶像禁止論争以前からすでに肖像画には反対だったのではないかと考えられます。

渓谷の壁面にある洞窟や、山と山を結ぶトンネルなど中の様子は見学が出来ます。ただし、内部にはところどころではしごがかかり、人ひとりが通るのにやっとの細い通路なので、運動靴で動きやすい服装がベターです。

ゼルヴェ野外博物館の入場情報

名称 Zelve Açık Hava Müzesi
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 15TL、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 50分程度
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

デルベントの谷(Dervent)

デルベントの谷はアヴァノス(Avanos)~ゼルヴェ(Zelve)~ユルギュップ(Ürgüp)間にあり、その土の色をして“ピンクの谷”とも呼ばれています。谷の間にひかれた新しい道のお陰で、ここの美しさを満喫する事が可能になったのは嬉しいことです。

人が住まいを求めなかった為に教会や岩の家もありませんが、妖精煙突と岩層を分析するにも適したポイントと言えます。大変珍しい形状をした妖精煙突を見るには、道を離れて丘の裾野を登ると良いです。

デルベントにはカッパドキアを代表する奇石「らくだ岩」や、フクロウ、トカゲなどユニークな形の岩が想像を膨らませてくれる事から“イマジネーションの谷”とも呼ばれています。

デルベントの谷 世界遺産カッパドキア

ギョレメ観光(Göreme)

ギョレメの村は、ギョレメの谷を流れるコタラク川の岸辺にあり、旅行者にとって魅力的な場所です。地形をうまく利用した例としても完璧なものといえ、石の建物が岩や塔のような尖った岩の奇妙な風景とうまく調和しているのも魅力です。
珍しい幾何学的な形をした岩は孤立して立っているものもあれば、集合して立っているものもあり、個々の家としてだけではなくひとつの共同体としての骨組みをも形づくっています。岩の内部はくり抜かれていて多くの居室や貯蔵庫となっており、中には椅子や棚や各種の容器も岩をくり抜いて作ってあるものも。普通な正方形の設計で数階建てされたものも見られます。

ギョレメはカッパドキアらしい雰囲気が味わえる小さな村で、洞窟ホテルやレストラン、ショップなどが多く、ギョレメ野外博物館へも徒歩圏内です。そして、「ギョレメ・パノラマ」の展望台から見る眺めは絶景です。

ギョレメの谷

オルタヒサル観光(Ortahisar)

オルタヒサルは“中央の砦”という意味を持つ町で、ネヴシェヒル(Nevşehir)とユルギュップ(Ürgüp)の間にあります。オルタヒサルには素朴な造りの家屋や蔵(果実や野菜の貯蔵庫)が並んでいます。建物はほとんどが2階建てで、2階へは外から直接手すりのない階段で上がるようになっているのが普通です。最近建てられた建物も地元の石を利用し、白塗りの壁で造られています。

村の広場には、ごつごつした一本岩が塔のように聳え立っています。この一本岩は「シブリカヤ」と呼ばれる岩で、中は掘りぬかれていて無数の部屋となっており、まるで雑居アパートのようです。また、オルタヒサルのすぐ近くには2つの教会(サリカとハルム)があり、集落の中には白いミナレットが美しいモスクもあります。

町を一歩出ると、ごつごつした岩山にとり囲まれます。ここから町を遠望すると、白色とバラ色の四角い家が並ぶ中心にニョキっと突き出した巨大なシブリカヤの様子が眺められます。岩の形は眺める角度によって様々に変わりますが、いずれにしても奇妙な光景です。

 
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ウチヒサル観光(Uçhisar)

ウチヒサルの町はギョレメの町の近郊にあり、巨大な岩山をくり抜いた城塞を中心に広がっている“尖った砦”という意味を持つ町です。遠くから見ると無数の窓の付いた険しい岩山がそびえて見えますが、この窓は岩壁をくり貫いた部屋の窓です。一部、浸食作用で地滑りを起こして内部が露出した部屋もあります。ウチヒサル城塞は3つの塔のような形をしており、カッパドキアの入口の一連の「要塞」のひとつでもあります。そんなウチヒサル城を頂点に、段々畑のように築かれた町は壮観です。ウチヒサル城には登ることも出来、頂上からはカッパドキア全体の絶景が望めます。

住宅地と同じ平面にそびえるこの「要塞」は高さが数十メートルもあり、西側から眺めると円筒形の建物を中心に、尖塔を両脇に置いた城塞のように見えます。

そして、住宅地の下には数百メートルに渡って凝灰岩盤を掘り連ねた坑道があります。これは古代に掘られたもので、敵に包囲された際に外部と連絡し、水の供給を確保するために掘られたものと言われています。ウチヒサルもオルタヒサルと同様に、最近は観光施設が建てられるようになってきました。

カッパドキア・ウチサール
集落の中心から少し外れたところには「ハト小屋」と呼ばれる建物が点在します。カッパドキアではよく見かける建築物で、ウチヒサルでは特に多く建てられています。この「ハト小屋」の内部には鳥が巣を作るための窪みがたくさんあります。そして、鳥の蓄積した排泄物は短期間で肥料として使われるグアノ(鳥糞石)の層となります。住民はこのグアノをワイン造りのためのブドウ畑の肥料として活用していました。ギョレメからウチヒサル城まで続く、長さ約4kmにわたる「鳩の谷(Pigeon Valley)」から見た、眼下に広がる奇岩群の景色も絶景です。

ウチヒサルの近くには深い岩溝が口を開いています。これは、川の流れが台地を深くえぐって出来たもので、緑の平原が突然消えると、そこに草木も生えぬ白い絶壁が顔を覗かせます。その岩肌の白さから谷は「白雪の谷」と呼ばれており、この谷の光景もまた圧巻です。

さらにウチヒサルから北に車を進めると、北のチャウシン(Çavuşin)、ゼルヴェ方面、東のギョレメ方面への分岐点にたどり着きます。この分岐点にはアヴジュラル(Avcılar)という村があります。

アヴジュラル村は、岩を掘ってファサード(洋式の建築物の正面部分)を構えたローマ時代の墓地がある古い歴史を持った村です。近年では、観光用のホテルやレストランが造られています。

因みに、最古の住居は平野に点在する円錐形の岩に造られていました。カッパドキアの他の村と同様に住民は最初、凝灰岩の岩山に四角い部屋を掘って複数の家族と共に住んでいたと言われています。しかし後世になって、より平和な時代になると岩山の周りに散らばるようになり、石造りの四角い家屋も造られるようになっていきました。

カッパドキアを旅するなら必ず訪れたいウチヒサルは、ギョレメのオトガル(バスターミナル)から30分ごとに出るローカルバスで10分ほど。ウチヒサルのバス停から看板に沿って10分弱歩くと、ウチヒサル城に到着します。

ローズバレー(クズル・チュクル渓谷|Kızıl Çukur)

カッパドキア ローズバレー
ローズバレーとも呼ばれているクズル・チュクル渓谷は、奇岩群が複雑な地表を形成しているエリアです。奇岩群に沈んでいく真っ赤な夕陽はとにかく絶景で、カッパドキアのなかでも特に迫力あるサンセットポイントです。

複雑な地表が夕日で赤く染まっていく様子がまるで「バラが咲くようだ」と例えられたことから、「ローズバレー(Rose Valley)」と呼ばれるようになりました。夕日の暖かさを感じさせる桃色から紫色に移り変わる風景にほとんどの人が魅了されてしまいます。展望台にはカフェなどがあるので、ワインやチャイ、寒い日にはホットワインを片手に夕陽を鑑賞するのが人気です。

ローズバレー(クズル・チュクル渓谷)は拠点となるギョレメ中心地から離れているため、あらかじめ移動手段を考えておく必要があります。タクシーを利用するか、ローズバレーへの観光が予定に組まれているツアーに参加するのがおすすめです。

ユルギュップ観光(Ürgüp)

カイセリ(Kayseri)とネヴシェヒル(Nevşehir)やアクサライ(Aksaray)の町を結ぶ道路沿いにユルギュップの(Ürgüp)町はあります。人口約2万人のこの町には、岩山をくり貫いて造られた昔ながらの家屋が高台の麗のゆるやかな傾料地にあり、くすんだピンクやベージュの岩肌と溶けあっています。オシャレなプチホテルやカッパドキア名産のワイナリーも多く、高台に建つホテルは眺めもいいので人気のある町です。

この古い町並みの切れる低地には現代的な観光施設が並んでいますが、景観を崩さぬよう細心の注意が払われています。なぜなら、この特異な自然の風景はユルギュップの人々にとってかけがえのない財産であるからなのです。

ユルギュップ
ピンク色の大渓谷が横たわるこの広い一帯は、凝灰岩を採掘した穴やユルギュップからネヴシェヒルにかけて見られる「妖精の煙突(Fairy Chimneys)」などの風景でも知られています。「妖精の煙突」とは浸食作用の悪戯で出来た奇形で、円錐形に削られた凝灰岩層の上に硬質の地層がまるで帽子のように乗っているキノコのようにも見える奇岩を指します。この硬い「帽子」は、自然と下の柔らかい凝灰岩層を雨から守る役割を果たしていました。

タガールという集落には、一帯で厚く信仰されている聖テオドシウスを祀った同名の教会があります。この教会は岩をくりぬいて造られ、この一帯ではかなり大きな教会で壁が崩れた跡は趣あります。聖堂内は4本の支柱がドームを支えており、11~13世紀のフレスコ画には幾何学模様や人物も見られます。

ダムサの集落には、イスラム芸術の花のようなタシュケンパシャの建物があります。また、16世紀頃に造られたモスクは3廊式の四角い会堂でドームを築いていて木製の祭壇や玄関も見事です。近くにはもっと小さなモスクもあり、こちらにはミナレット(尖塔)と中庭が付いています。

ユルギュップ

チャウシン観光(Çavuşin)

チャウシンの村はカッパドキアで最も古くから人が住んでいたと言われる場所のひとつで、ギョレメ(Göreme)からアヴァノス(Avanos)方面に2.5kmほど行ったところにあります。とても古い時代からあった集落で、中央の岩山を中心に敵の攻撃から身を守るような造りになっていました。

ここの岩山は浸食作用が進んで大部分は崩れ落ちてしまっています。村の旧地区には崩れた凝灰岩が積み重なっており、その上方にはまるで芝居の舞台のような丸い形にえぐれた岩山があります。岩面に見える穴は岩の内部に掘られた部屋です。

チャウシンには洗礼者ヨハネのバシリカもありました。岩山を掘って円柱で3廊式に仕切られたバシリカで、8世紀頃に造られたものだと言われています。しかしこれも岩山の崩壊で傷んでしまい、更なる崩壊での危険性を避けるため村落は現在バシリカから離れた平野部にあり、転落する岩塊が届かない距離を保っています。

チャウシン

チャウシン・キリセ(Çavuşin Kilise)

チャウシン・キリセ(チャウシン教会)は村の外にある岩窟教会で、ギョレメからアヴァノスへ向かう道にあるのですぐに分かります。ビザンティン帝国のニケフォロス・フォカスの名のもとに建てられました。教会の建築様式はギョレメの教会と同様に大変古く、965年頃に造られたと言われています。丸い入口から中へ入ると3廊式で丸天井の回廊に会堂があります。内部は赤や褐色、白、緑などの古風な色調の壁画で飾られています。

入口の天使像は損傷が激しいですが、その他会堂内には「キリストの生涯」のエピソードや聖人像、パネル内の円縁に聖人の胸像が描かれています。さらに中央後陣には大きなキリスト像が、両脇の後陣には聖トマスと聖バルトロメオの姿も描かれています。
教会の裏は崖になっていますが、そこには修道士の岩窟住居跡が残っています。

チャウシン・キリセの入場情報

名称 Çavuşin Kilise
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 8TL、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 20分程度
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

パシャバー地区(Paşabağ)~キノコ岩・妖精の煙突~

カッパドキア パシャバー キノコ岩
ギョレメ国立公園の中心部から車で10分ほどの場所にあるパシャバー地区では、地面から突き出すキノコ岩が谷一面に林立している様子が見られます。この岩には「妖精が住んでいる」という言い伝えがあることから「妖精の煙突」とも呼ばれています。

また、かつてこの地に聖シメオンという名の修道士が住んでいたことから、トルコの人たちからは「修道士の谷(Monks Valley)」という名で親しまれています。聖シメオンはこの奇岩を掘り、中でひっそりと暮らし、キリストへの信仰を深めていました。彼は次第に岩の上の方に住まいを作り、俗世との関わりを切り離して暮らしたといいます。

隠れ住むために岩場を掘って居住空間や修道院にしており、内部に入って見学することも可能です。聖シメオンはどのような景色を眺めて過ごしていたのか、見学をしながら考えを巡らせてみるのもいいかもしれません。

なお、このエリアは地面が隆起していて、高い位置から一帯を眺められる場所が多々あります。奇岩の隙間から差し込む日の光がとても美しく、日の出や日の入りを眺める絶景ポイントとしても人気なので、ぜひ高いところからの眺望を楽しんでみてください。

谷間にはお土産や飲食類を扱うショップやカフェもあります。観光に疲れたらワインやジュースを飲んで休憩すると良い思い出になります。

パシャバーの入場情報

名称 Paşabağ
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 20TL、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 30分程度
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

アヴァノス観光(Avanos)

アヴァノス(Avanos)は、トプラクルの古墳から出土した青銅器時代の遺物からも実証されている大変歴史の古い町です。アヴァノスという町の名はラテン語の「ヴェナサ(Venasa)」から来ており、町の古代名もヴェナサでした。

アヴァノスの町の中心を流れている「クズルウルマク川(Kızıl Irmak)」は全長1355kmもあるトルコ最長の川で、トルコ語でクズルウルマクは「赤い川」の意味を持ちます。鉄分を含んだ泥土で川の流れは赤く染まって見え、その川底の赤土がアヴァノス名産の陶器の原料土として使われています。

陶器の生産は、ブドウ栽培や絨毯製作と並んでアヴァノスの町の主幹産業で、町の広場にはこれを記念する像も置かれています。ヒッタイトの時代から陶器が作られていたという記録もあり、町を歩いていると、道沿いの小さな工房の中で陶工がペダル式の簡単な後輪に向かっている姿もよく見かけ、“陶器の町”と呼ばれているだけあって至るところで壺や陶器製品を目にします。美しい赤肌に植物や幾何学模様が描かれている陶器が一般的なデザインです。色とりどりのお皿や陶器はカッパドキア観光のお土産として人気です。

絨毯織りもカッパドキアの伝統産業で、作業場だけではなく自宅で製作に励む女性も多いほど。絨毯を作るにあたり絹と毛糸を寄り合わせて織り込んでいく作業は大変な根気が必要です。白い凝灰岩ブロックの家や、オスマン風の張り出し式木造住宅に、織りあげられた色鮮やかな絨毯が広げられている風景もよく見かけます。

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アヴァノス

カッパドキアの地下都市

“地下都市巡りをせずにカッパドキアを語るべからず”と言われるほど、カッパドキア観光において地下都市は欠かせません。人を驚愕させる数多くの造りの中でも最も知名度の高い地下都市がネヴシェヒル~ニーデ間にある「カイマクルとデリンクユの地下都市(Kaymaklı ve Derinkuyu Yeraltı Şehri)」です。

カッパドキアにある地下都市はキリスト教時代のずっと以前から存在し、人口の増加につれてしだいに大きくなっていきました。古代ギリシアの著述家クセノポン(Xenophon)の著書、小アジア遠征記「アナバシス(Anabasis)※」の中には地下都市について下記の内容が書かれていました。

~ 家々は地下に作られている。入口はまるで井戸のように低く下に向かって広げられている。家畜のためにはトンネルがあり、人間ははしごを使っている。家の中に山羊、羊、牛やにわとりが飼われている。大きな壷にはワインがなみなみと入っていて、のどが渇いた者は誰でもそのそばの葦をとってワインを吸うことができる。ワインは水で薄めないとかなり強いが慣れてくると素敵な飲物である…… ~

地下都市は大小様々な部屋、寝室、馬屋、テーブル、ワインの醸造所、教会等、日常生活に必要な全ての機能や道具は岩を削って作られました。通気孔は各階へ通じ、地下の最も深い所でも楽に呼吸する事が可能でした。

地下都市建設の際の掘り出した土や岩をどこに捨てたのか、この信じ難い規模の設備を完成させるまでに一体どの位の年月を要したのか、そしていつ誰が利用してきたのか…、いずれも確かな答えは未だ見つからず謎が多く残されています。カッパドキア地方に大きな危機が訪れた時代のものと想定はされるものの、碑文も装飾も皆無な為に年代解明すら困難を極めています。

地下都市が見つかったのは1963年、ネヴシェヒル在住の男性によって偶然発見されました。その後、本格的に調査されるようになったのは1965年からと比較的最近のことです。未だ全容が解明されないままとなっている地下都市は、訪れる人を古代のロマンに誘いつつもミステリアスな気持ちにさせる場所となっています。

地下都市建設の際の掘り出した土や岩をどこに捨てたのか、この信じ難い規模の設備を完成させるまでに一体どの位の年月を要したのか、そしていつ誰が利用してきたのか…、いずれも確かな答えは未だ見つからず謎が多く残されています。カッパドキア地方に大きな危機が訪れた時代のものと想定はされるものの、碑文も装飾も皆無な為に年代解明すら困難を極めています。

地下都市が見つかったのは1963年、ネヴシェヒル在住の男性によって偶然発見されました。その後、本格的に調査されるようになったのは1965年からと比較的最近のことです。未だ全容が解明されないままとなっている地下都市は、訪れる人を古代のロマンに誘いつつもミステリアスな気持ちにさせる場所となっています。

2020年7月20日からは、「妖精の煙突」のあるネヴシェヒル県で、カッパドキアで最も大きい地下都市が新たに公開をスタートしました。これは、2014年に偶然発見されたもので、約5,000年前のものとみられています。内部には、農作物を運ぶためと思われるトンネルや教会なども見つかっています。

※Anabasis(小アジア遠征記)
紀元前401年、ペルシャ王の子キュロスが雇ったギリシア傭兵に参加したクセノポンが各地の様子を細かく書き記した書物。

カイマクル地下都市

カイマクルの地下都市観光(Kaymaklı Yeraltı Şehri)

石灰岩を掘って地下8階から10階の深さにまで達している巨大な地下都市です。完全に地下部分に作られていることとその規模の大きさから、他のカッパドキアの岩窟住居とは一線を画しています。内部は、狭い通路から生活の場、換気孔までと様々な空間がまるで迷路をも想わせます。地下都市での生活はキリスト教時代以前からすで営まれていましたが、一時は頻繁に利用されたのはアラブ人から逃れるキリスト教徒の避難所にもなりました。

アラブ人の脅威に様々な対策が練られるもどれも効を奏せず、キリスト教徒であった地元の人々はここに隠れて敵の撤退までの仮住まいとしていました。敵の侵入の危険に備え各階ごとに、石うすのような大きな丸い石板で扉を閉じられるようになっていました。石板の直径は1.5m、いざという時はすぐに転がすことのできる場所に置かれていました。他にも通気孔はもちろん、非難用のトンネルも備えるなど、この地下都市は完璧な防御の役割を果たしていました。

ここを訪れた人は壁を堀った箱型ベッドにも気を取られるかと思います。その他にも内部には教会や学校、食料や物品の貯蔵庫、ワイナリーも作られていました。通気孔は各階を突き抜けていてその幾つかは地下水まで達しているものもあり、井戸として水を供給する役割もありました。見学可能なのは一部のみですが、観光ルートにはそれぞれ表示があるので是非足を止めてみてください。
カイマクルの地下都市では一番多い時期では合わせて約2万人、常時でも約4千~8千人もの人々が隠れ住んでいたと言われています。地下都市が観光客の注目を浴びるようになったのはわずか50年前くらいからのことで、その前までは村人の貯蔵室や納屋として使われていました。

地下都市の内部を観光する際はガイドについて歩くか、矢印にそって注意深く進まないとすぐに道に迷ってしまいます。長短さまざまな狭いトンネルが四方八方に延びていたり、通路を急カーブでえぐって窪みを利用した大きな部屋があったりもします。頭上がとても低い場所や階段を使う場所もあるので頭上だけでなく足元にも十分に注意をして下さい。

カイマクルの地下都市の入場情報

カイマクルの地下都市へのアクセスは、タクシーで「ユルギュップ」から50分、「ギョレメ」から40分、「ネヴシェヒル」から35分かかります。人気スポットのため、ツアーに組まれているケースが多いです。

名称 Kaymaklı Yeraltı Şehri
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 大人50TL、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 1時間程度
駐車場 なし
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

デリンクユの地下都市観光(Derinkuyu Yeraltı Şehri)

地下都市
デリンクユの地下都市は、「深い井戸」という意味を持つ、広さ約4平方キロメートル、深さ約85メートルという地下空間を有する現在見学可能なカッパドキア最大規模の地下都市です。トンネルの長さは30km以上、下部層には多数の井戸が発見されています。

内部では一番多い時期で4万人、常時でも5千人~1万人もの人々が生活していたとされています。現在は地下8階まで見学が可能ですが、地下16階までもの地下空間が存在していることが確認されています。

地下都市の各層は階段と傾斜した通路でつながっており通路は迷路のように入り組み、高さは低く、人が屈んでやっと通れるほどの狭い場所もあります。

寝室や厨房として使われていた部屋があるほか、地下1階から3階には、それぞれワイナリーや羊小屋、貯水池、トンネルがあり、充実した居住環境だったことがうかがえます。換気のための通気孔は深さ約80メートルにも達し、最下層は貯水池として利用されていました。

学校、洗礼堂といった都市のような共同機能もあり、地下にもかかわらず、一つの都市として十分な役割を果たしていたようです。外部との出入口には滑車を利用して上下に移動するエレベーターも設置されていました。外敵から内部を守るため、通路が狭まっている場所や、武器庫、避難所といった施設も確認できています。

通気孔の上部には見張り台が設置され、敵が接近した場合にはたいまつを落として各階へ知らせることができる造りにもなっていました。このような内部構造から、一時的な避難場所ではなく恒久都市として人々が暮らしていたと考えられています。
そして、デリンクユの地下都市とカイマクルの地下都市との間には地下通路も確認されています。

デリンクユの地下都市の歴史

標高1000メートルの高原にあるカッパドキア地域は、火山活動が盛んな地帯です。デリンクユは火山の噴火で発生した火山灰に埋まっていたエリアですが、この地に住み着いた人々が火山灰で形成された柔らかな岩石帯を地下に掘り進めて行った結果、現在の姿が形成されてきたのです。

この地下都市が発生した時期や誰によるものかなど、正確な史実は分かっていませんが、いくつかの定説があるので紹介します。

・説1(ヒッタイト人説)
紀元前15世紀~12世紀頃、この地に栄えたバビロン第1王朝を滅ぼしたヒッタイト人が、フリギア人の急襲から身を隠すために地下深くにトンネルを作ったとする説です。ヒッタイト人は鉄製の道具(鉄器)を開発したとされる民族で、地下都市の遺跡からヒッタイトの遺物も少数発見されています。

・説2(フリギア人説)
紀元前8世紀~7世紀頃、ヒッタイト滅亡後にこの地に王国を築いたフリギア人が最初に作ったとする説です。フリギアの建築家たちは、当時高い技術力を持っていたため、この地下都市の建造が可能だったと考えられています。遺跡内で発見されたヒッタイトの遺物は、戦いの戦利品だったとされています。

・説3(ペルシャ人説)
フリギアの後、この地を支配したペルシャ帝国の人々が地下都市を造ったという説です。ゾロアスター教の経典に、伝説のペルシャ王イマが地下に宮殿を建設したという記述があり、これがペルシャ人説の根拠になっています。

デリンクユの地下都市入場情報

デリンクユの地下都市へのアクセスは、カッパドキア観光の拠点の一つである「ユルギュップ」のバスターミナルから車で1時間かかります。営業時間、定休日、入場料などの情報は下記の通りです。人気スポットのため、ツアーに組まれているケースが多いです。

名称 Derinkuyu Yeraltı Şehri
営業時間 8~19時(冬季は17時まで)
定休日 なし
入場料 大人50トルコリラ、子供無料(8歳以下)
事前予約 不要
所要時間 1時間程度
駐車場 有料駐車場あり
*2021年現在の情報。営業時間・料金は変更になる場合があります。

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カッパドキア地下都市の観光を満喫するためのコツや注意点

ガイドを付ける

カッパドキアの地下都市は、歴史的かつ宗教的にさまざまな意味があるエリアがあります。そのため、詳しいガイドを付けた方がより理解が深まり楽しむことができます。

服装や荷物に注意する

地下内では狭い空間を通ることがあり、屈むような姿勢で進まなければならない場所もあります。動きやすい服装と歩きやすい靴で見学しましょう。大きめの荷物は邪魔になるので、持ち込まないようにします。

ライトを用意する

地下都市の内部は照明でライトアップはされているものの、なかには暗い場所もあります。スマートフォンのライトや懐中電灯があると便利です。頭に装着するヘッドライトがあれば、両手が自由に使えるのでおすすめです。バッテリーや電池の予備も準備しておきましょう。

腰痛や膝痛のある人は注意

腰痛や膝痛のある人や、屈んだ状態で歩行するのが困難な人は、細い通路に一旦侵入すると戻りにくい場所があります。無理に進んで途中で痛みが発生すると危険です。一人で見学するのは控えたほうが良いでしょう。

トイレ

地下都市内にはトイレがありません。デリンクユやカイマクルの地下都市を見学するには1時間程度かかりますので、見学前に地上にある観光客用のトイレを利用しておきましょう。

地下都市やカッパドキア観光を最大限楽しむツアーの選び方

地下都市を見学するのにかかる時間は1時間程度ですが、中心部のギョレメから地下都市へ移動するにはタクシーで約40~50分程度かかります。自分で行くには、事前に交通手段を確認し、ある程度の余裕を持った時間を見積もっておく必要があります。

地下都市の見学をはじめ、カッパドキア観光を最大限に楽しむためには、あらかじめ地下都市見学が組み込まれたツアーに参加するのが便利です。

短い旅行期間の中で効率的に観光を楽しむことができ、現地であれこれ調べたり、迷ったりすることもないので安心です。現地ガイドを付ければ歴史や宗教的な背景も説明してくれるのでより深く観光を楽しむことができます。

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ソアンルの谷観光(Soğanlı)

デリンクユから25kmの所にあるソアンルの谷にも凝灰岩をくりぬいた岩窟教会が多くあります。最近になって修復調査が始まり、谷間に掘られた沢山の教会が見つかりました。岩窟教会群は集落からすぐの所にありますが、現在は多くの教会が鳩小屋となっている為に見る事が出来ません。

教会が造られたのはおそらく9世紀以降のことで、内部は簡素な間取りで、ベージュ色の地に青や緑、赤、黒などの鮮やかな色調の壁画が残されています。聖ヨハネのフレスコ画に猛獣が描かれていることから「野獣の教会」と呼ばれる有名な教会の他にも数多くの教会がありますが、代表的な教会は下記になります。

クッベリ・キリセ(Kubbeli Kilise)

「丸天井の教会」とも呼ばれているこの教会は、ドーム型をしているソアンルで一番有名な教会です。上下の2つの教会からなり、中に入るのはかなり難しいです。1階は入口から広い礼拝堂へ通じています。2階は複雑な造りで、祭壇のある細長い礼拝堂が2つ並び、そこに拝廊が付いています。円錐形の岩は、ローマ時代はお墓として、ビザンティン時代に教会として使われました。

タフタル・キリセ(Tahtalı Kilise)

「聖バーバラ教会」とも呼ばれるこの教会も2つの礼拝堂が隣接した形で造られています。建物の保存状態が悪くフレスコ画もかなり傷んでいるのではっきりしませんが、礼拝堂は広さが違うだけで設計はクッベリ・キリセと同じだったと考えられています。フレスコ画には多数の聖教徒や教会名である聖バーバラも描かれていた様です。

カラバシュ・キリセ(Karabaş Kilise)

「黒い頭の教会」とも呼ばれ、壁画の聖人像が長年の埃と酸化作用によって顔が黒ずんで見えたことからこの名前が付けられました。岩崩れを起こした部分もありますが内部には幾つもの部屋があり、中央の一室を除いてそれぞれの部屋には祭壇が置かれています。北側から順に見ていくと、最初の大きな部屋に丸天井で楕円形の後陣が正面にあります。左側には3つの壁があり、右側の開□部の先に礼拝堂があります。階段で別室に抜けるも平屋根の部屋で、アーチの向こう側の後陣に祭壇が置かれていません。ここからさらにロビーを抜けた先に小さい礼拝堂があります。
カラバシュ・キリセはソアンルで一番大きい教会で「ビッグ教会」とも呼ばれています。

ソアンル村は人形や手袋の産地としても知られ、村人の女性が広場で編んでいる姿も風情あります。カラフルな色合いで実用性も高いのでお土産にも人気です。

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ネヴシェヒル観光(Nevşehir)

海抜千メートルを超える高原の町「ネヴシェヒル」はカッパドキア地方の中心都市で、アナトリア地方特有の近代都市でもあります。この町は歴史も古く、クズルウルマク川に近いことから、ヒッタイト時代に繁栄したと言われています。

紀元前12世紀頃にはエーゲ海民族に征服され、紀元前8世紀にはキムメリオス人の支配下となります。紀元前680年から同610年までアッシリア領となり、更に紀元前550年までメディア人、紀元前332年まではペルシャ人に支配されていました。ヘレニズム時代を経て、ローマ、ビサンチンと様々な支配者が交替し、1446年にオスマン帝国領となりました。

鉛板の屋根から「鉛のモスク」とも呼ばれるイブラヒム・パシャのモスクは、高台を下ったところにあり、18世紀初頭にこの地方の長官を務めていたダーマト・イブラヒムが私財を投じて8年がかりで完成させたものです。高い官職を示すターバンをつけ正装したイブラヒムの像が、最近になってモスクの裏の広場に建てられました。このモスクには宿泊施設も付いていましたが、そのうちのひとつが1967年に博物館として開館し、なかでも考古学部門(陶器、武器、日常用品など)や民族学部門(伝統芸能の品々)の充実振りが目を引きます。

近年、ネヴシェヒル城の下には最大規模とも言われる地下都市が見つかり発掘作業が進められています。

ウフララ渓谷(Ihlara Vadisi)

カッパドキア地方の中でも特異な景観を眺められるのがウフララ渓谷です。川の流れに削り取られて出来た深い渓谷の底にだけ緑が豊かに生い茂り、現在のメレンディス川はささやかな小川でしかないものも、太古の昔はハサンダー火山の急斜面から大量の水を運ぶ奔流だったと言われています。
全長約14km、南側に切り立つ崖の高さは約100mという渓谷に、5000もの住居と105の教会などの礼拝場が残されています。

渓谷沿いにはウフララ村の他、「妖精の煙突」のあるヤプラク・ヒサル(Yaprak hisar)やセリメ(Selime)などの村があります。このセリメには三身廊式で丸屋根や後陣中央にドームを戴く教会があり、セリメの村の名祖となったスルタンの霊廟もあります。

ウフララの谷
ウフララ周辺の渓谷の岸壁にはたくさんの洞窟教会があり、最古の教会は4世紀に造られたと言われ、現在も9世紀以降の壁画が残されています。11世紀以降の壁画ともなると、色彩もあざやかになり、植物や幾何学模様などが空間を埋めるようになります。壁画のモチーフはどれも同じで、中央後陣の丸天井にキリストが描かれ、その下に聖母や使徒や聖人達が天使と共に描かれるのがほとんどです。

渓谷の南側から順に教会を紹介していくと、「クゼイ・アンバル・キリセ」、続いて「コクル・キリセ(Kokar Kilise)」(=「臭い教会」という意味)があります。これらは9世紀頃に造られた教会で、灰色に明るい緑色で描かれたフレスコ画と、埋葬所があります。

その次が「アーチュ・アルトゥ・キリセ(Ağaçaltı Kilise)」(=木の下の教会)です。
名前の通り小川の運ぶ水のお陰で幹の太い木が生えた一帯にあり、渓谷の外側にはない自然環境に恵まれた場所となっています。この教会は十字形をしており、青や茶色の上に赤、緑、オレンジ色のフレスコ画が残されています。

このそばには、アーチ型の壁がんのファサードのある「スンブルル・キリセ(Sümbüllü Kilise)」(=ヒヤシンスの教会)があります。この地域で育つヒヤシンスの花にちなんで名付けられました。スンブルル・キリセは単に教会というだけではなく、内部は何層にも分かれ、食料倉も備えた修道院もありました。建造は9世紀に遡り、聖人像や「キリストの生涯」、大きな「キリスト昇天」などのフレスコ画が残されています。

対岸には「カランリク・カヤ・キリセ」(=暗闇の教会)、そばに4人の罪深い女に襲いかかる蛇の絵が残る「ユランル・キリセ(Yılanlı Kilise)」(=蛇の教会)があります。他にも「エィリタシュ・キリセ(Eğritaş Kilisesi)」があり、この教会は葬儀用の教会で、上階が葬儀用の礼拝堂、下階は埋葬用の空間となっており、象徴表現などが描かれており、フレスコ画のテーマは「キリストと聖母マリアの生涯」になっています。

ベリセルメの村の近くには、「アラ・キリセ(Ala Kilise)」という教会があります。内部空間は十字形になっており、ドームがあったものの今はかなり崩れてしまっています。アラ・キリセ近くにある教会「バハッティン・サマクルル・キリセ(Bahattin Samanlığı Kilise)」は、丸天井を円柱1本で支えた構造で、内部に残るフレスコ画が見事です。残っているフレスコ画のひとつ、「聖母の生涯」は実に生き生きとして、人物の動きや場面構成が優れています。また、「エリザベトを訪れるマリア」を描いたフレスコ画は必見です。

その他にベリセルメの近郊で訪れたい教会として、聖ジョージ教会として知られる「キルク・ダマル・キリセ(Kırkdamaltı Kilise)」があります。建物や壁画は勿論ですが、この教会はセルジュークトルコ時代にトルコ人がキリスト教徒に寛大であったことを示しているとても貴重な教会です。残るフレスコ画は13世紀にトルコ人画家によって描かれており、聖書の物語に加えて、セルジューク帝国のスルタン二世も描かれています。

対岸には「ディレクリ・キリセ(Direkli Kilise)」があり、4本の円柱で支えられたドームと十字形をした空間のある教会です。壁画はおそらく11~12世紀頃のもので、聖人や全能者キリスト、大天使ガブリエルとミカエルなどの間を幾何学模様で埋めています。

ウフララ渓谷のいたるところには、かつてアラブ人から逃れてきたキリスト教徒たちが作った岩窟教会が多く残されています。水と緑に溢れる圧倒的なスケールの大自然と、奥深い歴史の両方を味わえる場所です。

ウフララの谷

アーズカラハン

セルジュークトルコ時代の1231~1237年にトルコ帝国内を結んでいた商業道路沿いに建設されたキャラバン隊用の隊商宿です。地元産の石のブロックを使った城壁のような外観で、そこに3面又は5面体の塔がそびえ、正面入口の壮大な門は細かく彫られたアラビア模様で飾られています。

中庭の中央には四角く基部に2重の尖頭アーチがついている建物があります。この建物は旅人や隊商宿で働く人々のためのモスクです。このモスクを囲むように、宿舎や食堂にハマム、ラクダをつないでおく場所などが置かれていました。正面奥の飾り立てられた大きな門の奥には、この隊商宿の核となる広間がありました。

隊商宿(キャラバン宿)はセルジュークトルコ時代に広く普及していた、旅人の宿泊施設でした。

カッパドキア観光を7倍楽しむための現地での過ごし方

奇岩群を空から見下ろす|絶景カッパドキア熱気球ツアー


カッパドキア
カッパドキアといえばやっぱり欠かせないのが熱気球ツアーです。カッパドキアでは、かなりの広範囲に渡って奇岩などの風景が広がっているため、その不思議な景色全体を一望するには空中散歩が最高の手段といえます。カッパドキアは平野地帯で見晴らしが良いので、空の上から遠くの方まで存分に景色を楽しむことが出来ます。

一般的な熱気球ツアーは、ホテルを日の出前に出発して軽食をとり、気球が膨らむ様子を見学しつつ、朝日が昇るタイミングを見計らって空の旅へ出発となります。地上から数千フィートの上空で約45分~1時間程度の空中散歩を楽しみつつ、日の出と朝日に照らされたカッパドキアの景色を味わいます

空中に浮遊する色とりどりの熱気球も美しい景色の1つとしてカッパドキアの空を彩ってくれます。
カッパドキアを訪れたほとんどの人が体験したい大人気ツアーです。

カッパドキア気球ツアー!神秘的な世界遺産の絶景を気球ツアーで堪能! | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

雄大な景色の中で楽しむ|乗馬体験

乗馬
実はギョレメ村には多くの乗馬場があり、日本よりはるかに手頃な価格で乗馬が楽しめます。ペルシャ語で「美しい馬の土地(The land of the beautiful horses)」を意味するカッパドキアでは、人々の生活にとって馬が非常に身近な動物となっているのです。雄大で不思議な美しさのあるカッパドキアを馬に乗って走り抜ける経験はここでしかできない貴重な体験と言えます。

トルコの馬は小柄なサイズで経験豊かなガイドも付くので、乗馬未経験の人でも気軽に体験できるアクティビティです。さまざまなコースがありますが、特に人気なのは奇岩の向こうに夕日が沈む様子を馬上から眺めるサンセットツアー。予約が集中するため、早めの予約がおすすめです。

ワインの名産地|ワインテイスティング

ワインテイスティング
ブドウの栽培に適した土地であるカッパドキアはワインの名産地でもあります。カッパドキアに数あるホテルの中には“蛇口からワインが出る”なんてホテルもあるほどです。カッパドキアの地下都市では、キリスト教徒がワインを醸造するために使っていた部屋が今でも残っていることから、古くからカッパドキアでワインが愛飲されていた事が分かります。温度変化の少ない洞窟はワインの保存に向いていることもあり、カッパドキアはワイン造りにもピッタリの環境なのです。

カッパドキアのワイナリーでは工場見学や試飲もでき、ワインショップが併設されているため購入も可能です。サイズや値段はさまざまですが、街中よりもリーズナブルに購入できます。気に入ったものを友達へのお土産にしたり自宅で楽しんだりと、帰国後の楽しみが広がるアクティビティとも言えます。

奇石群に映し出す|プロジェクションマッピング

プロジェクションマッピング
以前カッパドキアに訪れたことがある人にも是非おすすめしたいのが、2016年から始まった新しいアクティビティ『プロジェクションマッピング』です。プロジェクションマッピングとは、CGで作った巨大な映像を壁面などに映し出すもので、近年は日本でもさまざまな場所で見られる機会が増えました。

カッパドキアのプロジェクションマッピングは、巨大な奇岩群をスクリーンとして、カッパドキアの独特な地形の成り立ちや、トルコの歴史の移り変わりなどが映像で語られます。巨大な映像ショーも迫力がありますが、光に浮かぶ夜の奇岩群は、昼間のカッパドキアとはまた違う荘厳な雰囲気です。晴れた日には満点の星空も楽しめるプロジェクションマッピングは、圧巻の臨場感を味わえる貴重なアクティビティです。

カッパドキアの洞窟ホテルで非日常を味わおう

カッパドキアは非常に見どころが多く、1日ではとても回りきれません。日の出から日没まで、時間ごとに表情を変える景色を楽しむためにも、旅行で訪れた際は最低でも2~3泊してゆったりと過ごすのがおすすめです。そして、カッパドキアで宿泊するなら是非洞窟ホテルに泊まってみてください。

発達した地下都市ではありますが、残念ながら今では日常的に人が暮らせる場所ではありません。ですが、洞窟ホテルはその残された数多くの古い洞窟を人が暮らせるように改装して造られました。

世界遺産にもなっている美しい風景に溶け込む見た目や、洞窟ホテルごとに異なる内装を楽しめるのが魅力です。洞窟の中で寝泊まりをするのはカッパドキアでしか味わえない特別な体験となること間違いなしです。洞窟ホテルはその性質上、外気から守られており、夏は涼しく冬は暖かいのが特徴です。

冷暖房、テレビ、インターネットといった現代的な設備は一通り完備されているホテルが多く、快適に過ごせる環境でありながら古代遺跡の中で生活をする体験が可能とあって大変人気です。

カッパドキア洞窟ホテル
洞窟ホテルは数多くあり、「これぞ洞窟ホテル!」という雰囲気満点の高級ホテルや、リゾート仕様でどちらかといえば一般的なホテルのようなところなど多種多様で、好みのタイプのホテルを選ぶことが出来ます。例えば、ギョレメには古城のような全室スイートルームの様な洞窟ホテルもあります。

部屋によっては窓からの美しい景観や洞窟プールなども楽しめ、ラグジュアリーな体験ができます。さらにホテルによっては、部屋の蛇口をひねると名産であるワインが流れ出てくるというところまであり、さまざまな楽しみが得られます。

“宿泊客の多くが日本人”というホテルもあるので、旅慣れない人でも安心して泊まれる洞窟ホテルを見つけられるはずです。日本と比べて割安な料金設定が多く、コストパフォーマンスに優れているのも魅力です。カッパドキアでも有名な本格的なトルコ料理レストランが入っているホテルもあり、食にこだわる人も満足頂けます。

トルコ旅行ならカッパドキア洞窟ホテルがおすすめ!人気ホテルをご紹介 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

カッパドキアならではのグルメに舌鼓を打つ

テスティケバブ
トルコ料理はフランス料理や中華料理と並ぶ、世界三大料理の一つです。東洋と西洋が混ざり合う、独自の食文化が根付いています。料理はトマトベースに肉・野菜・豆類といった、旬の新鮮な食材を煮込んだものが多くみられます。

味付けは塩が多く、香辛料はタイム・ミント・トウガラシなどが多く使われているのが特徴です。日本人の口にも合いやすいため、さまざまな料理を味わってみることをおすすめします。

トルコの代表的な料理には、「マントゥ(Mantı)」や「テスティ・ケバブ(Testi Kebabı)」などが挙げられます。マントゥは「マンティ」とも呼ばれ、挽肉などを小麦粉の生地で包んで茹でた、水餃子のようなものです。トルコではヨーグルトソースをかけて食べるのが一般的です。

テスティ・ケバブは素焼きの壺に、羊肉や野菜を入れて焼いたものです。焼いたあと、壺を割るパフォーマンスが見られることもあります。

基本的には肉料理が多く羊肉もよく食べられています。また、カッパドキアにはクズルウルマク川(赤い川)というトルコ最長の川が流れており、そこで獲れるマスなどの魚料理を味わうこともできます。

カッパドキア
ぶどうの産地としても知られるカッパドキアでは上質なワインも名物です。美味しいワインと共にトルコ料理、そしてカッパドキアの雰囲気を楽しめる場所といえば洞窟レストラン。洞窟レストランのテーブルやイスは岩を彫って作られたもので、そこでしか味わえない雰囲気の中、おいしい食事を楽しむことができます。洞窟ホテルに泊まる機会が得られなかったときの選択肢としてもおすすめです。

【世界三大料理】トルコ料理のおすすめ一覧|ケバブからスイーツまで厳選100品! | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

多彩なアクティビティで世界遺産カッパドキアを堪能しよう

カッパドキア レンタサイクル
カッパドキアでは「乗馬」以外にも、「レンタサイクル」や「レンタルバギーカー」といったアクティビティも人気です。現地の町の様子を自分のペースでゆっくり眺めながら観光できます。さらには、クズルウルマク川をゆっくりとゴンドラやカヌー、ジェットボードに乗るツアーもあります。水の上から眺める景色もまた格別です。のんびりとした時間を過ごしたい、ロマンチックな雰囲気を楽しみたいという人におすすめです。

カッパドキアには世界最大級の地上絵がある



地上絵といえばナスカが有名ですが、実はカッパドキアにも巨大な地上絵があるのをご存知でしょうか?カッパドキアの地上絵は、オーストラリア人の彫刻家アンドリュー・ロジャース氏のプロジェクト「リズム・オブ・ライフ」の一環として製作されました。

馬、キベレ像、脱穀石、天使の顔をした鳥、生命の木、双体単頭のライオン、石器時代と最初の寺院など、カッパドキアの歴史や文化を象徴するモチーフとなっており、なかでも馬の地上絵は世界最大級と言われています。

通常のツアーでは見に行くことは難しいので、興味のある方はプライベートツアーを組むことをおすすめします。運が良ければ、気球から見ることも出来るかもしれません。Google Earthでもその壮大な作品を楽しむことが出来ますよ!

カッパドキアの場所・行き方・アクセス・地図

カッパドキアは、トルコの首都であるアンカラの南東部に位置しています。



カッパドキアは、トルコ最大の都市であるイスタンブールからは、かなり離れています。イスタンブールからの移動手段はバスか飛行機になりますが、バスだと片道11時間以上かかるため、飛行機の利用がおすすめです。アンカラ、コンヤといった都市を経由して観光しながら移動するのもいいでしょう。

カッパドキアには「カイセリ空港(Kayseri Erkilet Airport)」と「ネヴシェヒル空港(Nevsehir Kapadokya Airport)」という2つの空港があります。カイセリ空港のほうが規模は大きいですが、カッパドキア観光の拠点となるギョレメに近いのはネヴシェヒル空港です。ネヴシェヒル空港からギョレメまでは車で片道約40分でアクセスできます。

カッパドキア王国の首都カイセリ(Kayseri)

海抜干メートルを越える高原の町カイセリからは万年雪を冠したエルジェス山(標高3916m)の美しい姿を望むことができる。古代にはアルゲウス山と呼ばれたこの火山も、現在は火山活動も止んでトルコの有数のスキーリゾート地として人気を集めている。
ローマ時代以前から大きな町だったが皇帝ティベリウスがカエサリアと命名し、ローマ帝国のカッパドキア州の行政府が置かれてからますます繁栄を見せている。今日のカイセリは新しいものと旧いものの対比が目立つ、活気溢れる地方都市である。

カイセリ
産業は上等な手織り絨毯を初めとして金属工芸などが特に有名である。市内の見どころとして、火山岩で造られた要塞がある。ビザンティン期のものをセルジュクトルコが補強している。この砦の周りにベデステン(バザールの貴重な品を保管していた場)や毛布マーケットなどローカル色に溢れた手工業者の仕事場が並び興味を引く。精巧な装飾で知られるホナト・ハトゥンモスク(13世紀)には、神学校や八角形の陵などが付属している。八角堂の内部にはみごとな棺がいくつか収められている。このモスクと周りの施設はセルジュクのスルタン、アラエッディン・ケイクバトの妻マフェリ夫人が建造した。ウルジャーミ(大モスク)は14世紀前半の建築。内部の装飾は床に敷かれた素晴らしい手織り絨毯でより引き立てられている。
市内にはたくさんの陵墓が点在する。13世紀のドネル・クンベトは特に建築や装飾が興味深い。他にスルチャル・クンベト、カスベク・クンベトは13世紀後半のもの。又、ローマ時代から埋葬に使われた地下洞や、中世に医学解剖術を教えていたチフテメドレッセなども忘れてはならない。

カッパドキアの治安は?安全に観光できる?

世界中から旅行客が訪れるカッパドキアは、日本人にとっても安全で観光しやすい場所です。2020年現在、カッパドキアは外務省の危険情報の対象エリアには入っていません。貴重品は肌身離さず持ち歩く、夜遅く狭い路地を歩かない、現地のマナーや風習に従う、といった海外旅行の基本事項を守れば、快適に過ごせるでしょう。

一方、外務省によれば、イスタンブールなどの観光地を歩いていると、質の低いカッパドキアの格安ツアーに勧誘される詐欺も報告されているようです。安心してカッパドキア観光を楽しみたいなら、信頼できる現地スタッフのいる実績豊富なツアー会社を選びましょう。

トルコの治安と日本人の注意点を徹底解説!安心できる旅行会社選びも紹介 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

カッパドキアで人気のお土産

カッパドキアワイン

ワイン
カッパドキアはぶどうが特産となっており、洞窟環境を使ったワイナリーも点在しています。ウチヒサールには老舗の大きなワイナリーもあり、お土産用には奇岩群が掘られた陶器入りのワインも売られているので要チェックです。カッパドキアの2大ワインメーカーは、「TURASAN(トラサン)」と「KOCABAĞ(コジャバー)」です。

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カッパドキアを代表する特産品、トルコ絨毯

トルコ絨毯
絨毯もカッパドキアを代表する特産品です。トルコでは絨毯が有名ですが、特にカッパドキア周辺では高品質な絨毯が売られています。耐久性に優れるので、100年以上にわたって使えるとされています。

カッパドキアの北方にあるアヴァノスという町で作られる陶器もおすすめです。近くを流れるトルコ最長の川「クズルウルマク川」からとられる赤土で作られています。素朴な見た目ですが、花模様やモダンなデザインもあり、特に女性に人気にお土産となっています。

トルコ絨毯の種類と選び方|お土産にもおすすめな伝統工芸品 | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

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カッパドキア滞在で気をつけたいポイント

トルコ カッパドキア
カッパドキアで気を付けたいのが「決済」です。通貨はトルコリラで、現地で両替をするとレートが良いためおすすめです。なお、クレジットカードが利用できない店もあるため、注意しましょう。

「水」にも気をつける必要があります。トルコの水道水は基本的に硬水で飲めることもありますが、日本人には合わないことも多いといわれています。また、エリアによって水道事情が異なるため、極力ミネラルウオーターを飲むように心がけると安心でしょう。

「トイレ」事情について知っておくのも肝心です。カッパドキアでは洋式トイレが普及しているものの、日本とはマナーが異なる場合があります。紙は流さずに「ゴミ箱に捨てる」というケースもあるため、注意しましょう。

トルコの飲み水・トイレ事情・トルコ式トイレ | トルコ旅行専門の人気ナンバーワン旅行会社『ターキッシュエア&トラベル』

カッパドキア観光を満喫するツアーの選び方

カッパドキア 気球ツアー
カッパドキアには観光名所となる場所が非常に多く、さらにそれぞれのスポットの中にも見所がたくさんあるので、1日ですべてを見尽くすことはできないでしょう。

効率よく、そして各場所に秘められた歴史的背景や宗教的な意味などをツアーガイドによる詳しい説明を聞きながら巡れば、楽しみも倍増するというものです。ですから、カッパドキア観光においてはある程度まとまった日数で、少人数でじっくりと味わう旅をするのが理想的といえます。

「ターキッシュエア&トラベル」はトルコ専門の旅行会社です。パッケージツアーのみならず、オーダーメイドの個人旅行や最大17名の限定ツアーなど、旅行者の都合や興味に応じてさまざまなツアーを組むことができます。見所である洞窟ホテルや人気の気球ツアーなどが初めから組まれているプランも多いので、ゆっくりとカッパドキアを体験できるツアーを選んでみてください。

カッパドキア旅行 ツアー・観光 一覧ツアー一覧アイコン

カッパドキア旅行は現地に精通した専門会社のツアーがおすすめ

自然が生み出した稀有な奇岩群が作り出す異世界のような景観、そして地下都市などの文明遺産など、カッパドキアを十分に満喫するには1週間以上の余裕を持ったツアーが適しています。

「ターキッシュエア&トラベル」は現地情報に精通しているので洞窟ホテルや人気の熱気球ツアーも提供可能です。また、サポートも手厚いので、現地でも安心して楽しめます。ぜひ1度「ターキッシュエア&トラベル」にお問い合わせください。

カッパドキア旅行・ツアーで役に立つおすすめ情報

 
トルコ旅行の持ち物・トルコ旅行に行く前にご用意いただくもの
トルコ旅行前に持ち物や準備しておくことなど、いろいろ質問したい事ってありますよね?座席リクエストとオンラインチェックイン、ホテルのアメニティやチップ 、モスク入場の際の服装など…このようなよくある質問にお答えいたします。
 
【世界三大料理】トルコ料理のおすすめ一覧|ケバブからスイーツまで厳選100品!
日本でも有名なトルコ料理といえば定番のケバブですが、トルコ料理には他にも野菜料理やピラフのようなお米料理、ヨーグルトが入っているスイーツなどのさまざまなバリエーションが存在します。ここでおすすめトルコ料理を紹介します。
 
高級ホテル・カッパドキア洞窟ホテルガイド
カッパドキアの洞窟ホテルは斜面を利用して岩を削って建築されたホテルです。アーチ天井の部屋、石壁造りの部屋、自然の岩をそのまま活かした部屋などがあります。お部屋にカッパドキア風の家具や絨毯を置いて、味わいあるお部屋となっております。
 
トルコ観光・ツアーで使いたいトルコ語「プチトルコ語講座」
海外旅行に行った際、現地の言葉で「ありがとう」と伝えると喜ばれます。親日家トルコでも日本人がトルコ語を話すと皆笑顔で喜びます。簡単な言葉でも話せるだけで旅の楽しみが広がりますよ!
 
服装・マナー・風習などについて
トルコ旅行でスカーフは必要?トルコの女性は着用していますか?現地での購入方法は?トルコ旅行前に知っておきたい!スカーフの基礎知識・服装・マナー・風習などについて紹介します。
 
トルコのお金・トルコリラへの両替・為替レート
トルコでは現地通貨トルコリラの他、場所によってはUSドルやユーロ、日本円も使えます。日本でのトルコリラの両替はレートが良くないため、現地の空港か市中の両替所を利用するのがお得です。クレジットカードを使えるお店も多いため、全てを現金でまかなう必要はありません。
 
トルコの物価や旅行にかかる費用はどれくらい?相場を詳しく解説
トルコの物価って実際どれくらいなの?トルコリラや宿泊費や食事の費用など、知って得するお得情報を徹底解剖!トルコに旅行や観光に行く場合、気になるのは物価についての情報です。日本と比べると高いのか、安いのか、どれほどの予算が必要なのか、わからなくなってしまうと大変でしょう。
 
電圧・プラグ・Wi-Fi環境
トルコの電圧・プラグ・Wi-Fi環境を徹底解説。トルコでは、イスタンブールやアンカラといった大都市やカッパドキアのような観光地であれば街中のカフェやレストランでほとんど無料Wi-Fiがあります。
 
水・トイレ事情
トルコでは、トイレのことをTUVALET(トゥワレット)と言います。トルコ式トイレ/アラトゥルカ:和式トイレに似ていて使用法もほとんど同じです。ただし、しゃがむ方向は和式と反対でドアを前にしてしゃがみ、用を足します。
 
トルコの入国と出国。パスポートの残存有効期間やビザ情報
トルコへの入国、トルコ出国の流れやトルコまでのフライトと飛行時間を徹底解説。トルコツアーでのビザの有無、入国カードの記入やパスポートの残存有効期間情報。
 
イスタンブール旅行・ツアーのおすすめ観光名所・レストラン徹底解説
イスタンブール旅行・ツアーで、ぜひ訪れたいおすすめの観光スポットを案内。トルコ料理を味わえるおすすめレストラン、イスタンブールで買えるトルコのお土産も紹介します。
 
トルコ旅行でおすすめのお土産ランキングBEST25!雑貨・お菓子・化粧品
トルコには、エキゾチックなムード漂うアクセサリーや雑貨、チャイなど、日本では買えない魅力的なお土産が盛り沢山!ばらまき用に人気のお菓子や化粧品、購入場所についてもご紹介します。
 


 

トルコ観光ガイドの関連MEMO



トルコ観光・ツアー口コミ・評判

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トルコツアーについてよくある質問一覧(Q&A)

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トルコ 政府 リンク集一覧

トルコ政府観光局オフィシャルサイト(日本語)
http://www.tourismturkey.jp/
Go Turkey(英語)
https://www.goturkey.com/
トルコ航空オフィシャルサイト(日本語)
https://www.turkishairlines.com/ja-jp/

 
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